『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』 ロボットのカンブリア紀がやってくる

村上 浩2012年05月02日 印刷向け表示
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2012年3月末、アマゾン・ドット・コムがある会社の買収を発表した。アマゾンにとってはザッポス以来の大型買収となる650億円が、キバ・システムズという聞き慣れない会社のために使われたのだ。キバ・システムズは物流ロボットメーカーであり、リンク先の動画のようなサービスを提供している。こんなところまでロボットによる自動化が進んでいることに驚かされる。今でも、注文から信じられないような速さで商品を届けてくれるアマゾンはどこまで進化するのだろうか。

ロボットはヒトだけでは不可能だった様々なことを可能にする。ロボットはヒトより重いモノを持ち上げることができるし、ヒトより速く動くこともできる。何しろロボットはヒトのように文句を言うことも無く、長時間働き続けることができるのだ。ものづくりの現場以外でも、ロボットはますます欠かせない存在となっていることをアマゾンの買収は端的に示しているが、本書はそんなロボットについて新たな視点を与えてくれる一冊である。

もちろん、ロボットも万能ではなく、当然、不得意なこともある。しかし、その不得意なことが、ヒトであれば子供でも容易にできるようなことだったりするのだから面白い。例えば、ロボットはノブを握ってドアを開閉することが苦手である。開閉時にドアが描く軌道はそのドアのデザインで決まっており、開閉軌道に合せて力をかけなければドアは上手く動かないし、誤った軌道に力をかけ続ければ壊れてしまうからだ。

ヒトがこの動作を難なく行えるのは、ヒトの腕のコンプライアンスが高いからである(ロボット工学では、コンプライアンスは「法令順守」ではなく、「柔らかさ」を意味する)。柔らかいヒトの腕は、自らにかかる力をもとに軌道の誤差を細かく修正できるが、硬いロボットは軌道を修正することが難しい。同様に、ビーカーのように割れやすいガラスでできたモノを掴むことも難しいのだ。掴む相手の形状に合せて動作して、位置決め誤差を吸収しなければ、相手を傷つけてしまうからだ。

では、このようなコンプライアンスが求められる動作はロボットには不可能なのだろうか。そんなことはないと、著者は考え続ける。コンプライアンスが必要ならば、コンプライアンスのある材料でロボットを作ればよいということで、空気圧で動作するゴム製のロボット開発に注力した著者は、FMA(フレキシブルマイクロアクチュエータ)と呼ばれる機構に辿り着く。Y字型の壁で3つの部屋に区切られたゴムチューブでできているこのFMAは、それぞれの部屋の空気圧を外部から制御することで、好きな方向で好きな角度だけ曲げることができる。FMAを応用すれば、トマトの収穫すら可能になると著者は言う。

著者が長年考えに考えて、工学的な知識を総動員することで辿り着いたこのFMAをある講演で発表したところ、意外な指摘が著者に向けられた。

「FMAの構造や動くメカニズムがヒトのある部分によく似ている」

そんなはずはない。FMAを開発するためにヒトを参考にしたことなどないではないかと、訝しがる著者。それでも、以下のような共通点を挙げられればその類似性を認めざるを得なかった。

① 3つの空間に分かれている

② その空間に流体が流入することで膨張・起立する

③ 膨張を繊維・膜で押さえつけることで硬度があがる

これが実際にヒトのどの部分であるかは是非本書で確認して欲しい。

工学的な機能を追及した結果の「意図せざる」類似性に対する驚きが著者を本書の執筆に向かわせている。数十億年に渡る進化と淘汰を経た生物と、科学の粋を集めたロボットが似てしまうのは、どちらも同じ制約の中でその効用を最大化しようとしているからである。その制約とは力学と幾何学だ。巨大ショベルカーが象のように骨太で、ミニショベルカーがアリのようにスリムなのは力学法則による制約を受けているからだ。また、ロボットアームの自由度が6なのは、3次元空間における幾何学を考えれば納得がいく。一方、ヒトの腕は自由度が7あり、冗長である。生物の設計が冗長性を持っているのは、より多様な環境に対応するためであろうか。本書では様々な生き物とロボット動作の仕組みとその類似性が詳しく解説されている。

本書は類似性だけではなく、差異にも注目している。生物とロボットの違いでよく取り上げられるのが車輪機構の有無である。車輪機構を持っている生物は少ないが、エンジニアにとって移動機構の第一候補は間違いなく車輪だそうだ。なぜこれほど便利で重宝される車輪を生物は採用しなかったのか。このよく聞かれる問いには、生き物の環境は凸凹であり、木に這い登ることも出来ない車輪では自由に移動できないという回答がされることが多い。しかし、この回答は「工学の可能性を狭める」ものであると著者は言う。車輪の径より大きな凸凹を移動することはもちろん、木を登ることも、車輪機構で実現可能だからだ。

それではどうして生物に車輪機構を持つものが少ないのか。著者は、この問いに生き物とロボットの生産方式による違いで説明している。現地生産方式(生物)と工場生産方式(ロボット)の違いを考えることで、金属やプラスチックという高機能素材を用いた生物が少ない理由も明瞭になる。類似性から始まった本書は、その違いの秘密を解き明かし始める後半に至ってグッと盛り上がる。

生物が誕生してから38億年という途方もない時間が経過している。一方、ロボットはモーターにその起源を求めたとしても誕生からせいぜい200年程度しか経っていない。その差は圧倒的である。では、今後のロボット開発の解はすべて生物の中にあるのだろうか。そんなことはない。生物の設計を探る努力は必要だろうが、それだけでは不十分だと著者は主張する。自然が作り上げた生き物の設計は尊重しつつも、絶対視してはいけない。生物とは異なる、ロボット独自の進化も十分にありえるということだ。3Dプリンターの普及、コンピューターの高性能化・低価格化、新素材の開発など、環境は整いつつある。著者が言うように、ロボットにおけるカンブリア大爆発は目の前まで迫っているのかもしれない。

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こちらは、生物単体ではなく集団としての生物に注目した一冊。ヒトにも解けないような問題を生物はどのようにして解いているのか、単体では発揮できない知性を集団でどのように発揮しているのか。ヒトの世界を変える要素が生物の群れに隠されている。成毛代表のレビューはこちら

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生物のスケールについて考える名著。大きさとカタチは切っても切り離せないことを改めて思い知る。

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ロボットを徹底的に見つめることで、人間について考える。著者の手によるロボットは誰もが一度は目にしたことがあるはず。不気味の谷については様々な議論が続いているようだ。

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