アカデミック巡礼『股間若衆: 男の裸は芸術か』

新井 文月2012年05月07日 印刷向け表示
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股間若衆: 男の裸は芸術か
作者:木下 直之
出版社:新潮社
発売日:2012-03-30
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「アート」とか「味」という類の言葉は結構便利で、世の中の大部分はそれでどうにかなってしまう。それらを口にさえすれば、え?と思うようなものも、え?と思う側の人を無粋にしてしまう、なんとも魔法のような言葉でもある。

本書は以前、芸術新潮に掲載されていた「股間若衆」と「新股間若衆」の連載と、追加で書き下ろされた「股間漏洩集」が纏められ単行本となったもので、日本の近代彫刻、特に男性裸像の股間を扱った美術専門書になる。最初から最後まで男の股間を語っているが、アートという免罪符があるから安心して読んでほしい。

熱い股間論を展開する著者は東京大学文化資源学研究室の教授である。という事で文体は学術的な面から見てもお堅い部分があるのだが、本人は「股間相手なのだから、柔らかくなったり堅くなったりしてもいいかな」とユーモアたっぷりに語っている。

著者の研究の発端は、赤羽駅にある裸の男性像を見た事が始まりだったという。腕を組み堂々とした彫刻の股間は、実に中途半端かつ曖昧なかたちで表現されており、著者はそれを「曖昧模っ糊り」と称し研究に没頭する事になる。どうやら該当する部位は、アンニュイに表現すれば芸術作品として世に登場することができる悲しい(?)経緯を持っているようだ。なるほど裸は一般的に公の場で不謹慎だが(刑法第174条、公然わいせつ罪に該当)アートに括れば許される面もあるのか。

それでも性器はさすがに露には表現できないので、回避策として葉っぱが登場するのだが、どれもサイズが小さすぎるのではないか?と思ってしまう。そして万有引力を無視してこの地上に存在しているこの葉っぱは、イチジクの葉が一般的に使われる事が多いが、中にはブドウの葉もあるそうだ。また妙な知識を得てしまった。曖昧模っ糊りの形状は葉っぱ以外にもフンドシ、パンツ、タオル、腰巻きと、表現は創意工夫に満ちていて奥が深い。

本書の構成は、第一章に股間若衆(古今和歌集のもじり)、第二章に新股間若衆(新古今和歌集)、そして股間漏洩集(和漢朗詠集)へと遷移し、日本の彫刻と股間巡礼(名所案内)へと続く。著者は長年にわたり男の股間を研究しており、引用している文献は女子美術大学歴史資料室や、多くの風俗書を所蔵する横浜開港資料館などの膨大な記録から、明快な考察を基に本書を編纂している。それがぐっと読ませる内容で、正直、股間ひとつでここまで歴史や地域での扱われ方や文化の違いを明確に知り得るとは思わなかった。自分はまだまだ狭い世界にいるのか。そんな感覚に陥った時は表紙に注目しよう。堂々たる若衆の頭には、絶妙な姿でハトが止まっており、彼等がとても神聖な生き物に見えてくるはずだ。

ちなみにサブタイトルは「男の裸は芸術か」だが、言わずもがな芸術である。かつて紀元前ローマ帝国時代では、コロッセオにて鍛えあげた肉体の漢達がテカテカにオリーブオイルを塗りたくり競技しあう姿を美としていた。もちろん股間若衆という言葉の響きから、新宿二丁目界隈を妄想するのは勝手だが、自宅のリビングに本書を置くのは誤解を招くので控えよう。

読み終えた後は、本書を片手に裸体像ツアーに出かけ、美術館や駅前に設置された若衆の声に耳を傾けてほしい。きっと彫刻に一家言を持てるに違いない。しかし本書で得た知識を垣間見せ、ユーモアのある人ね!と思ってもらおうと、気になる人とデートの待ち合わせに股間像を指定するのはオススメしない。芸術という錦の旗に守られていても、時にはまったく通用しない事もあるので、そこは空気を読んで挑戦しよう。

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全日本女子股間倶楽部ほぼ日刊イトイ新聞より)
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