王家の3冊 -エジプトの三千年と春

高村 和久2012年05月09日 印刷向け表示
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古代エジプト文明 世界史の源流 (講談社選書メチエ)
作者:大城 道則
出版社:講談社
発売日:2012-04-11
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敢えてたとえて言うなら、壁際に追いつめられた状態から、脚だけ横向きにして、さらに顔も同じ方向にしてみる、それが私にとっての古代エジプト(美術)だ。さらに言うなれば、ふと気づいたら狭い通路にいて、上から大きな丸い石が落ちてきて逃げる、というのが私にとっての古代エジプト(映画)である。

そんな妄想・オリエンテッドな私だが、古代エジプト3000年の歴史を紹介している本書を読むと、じつはノンフィクションをベースにしたほうが遥かにいろいろ想像できるのではないかという気がしてくる。そもそも古代史という分野、数少ない資料の裏側にイマジネーションを駆使する学問らしい。ビバ、妄想ヒストリー!

そんな訳で、表紙のホタルイカの沖漬みたいなヘアスタイルをしているお方がファラオ・アメンホテプ4世(アクエンアテン:BC1300年頃)である。多神教だった当時のエジプトにおいて、アテン神を唯一神とする宗教改革を行い、一神教の祖とも言われる。フロイトの著作を始めとして、旧約聖書のモーセとの関連が話題となることがあるが、本書では、もしモーセが実在したとしても、アクエンアテンとの時代とは時間差があるだとして慎重な立場をとる。

本書は9章で構成されているが、聞いたことがある人物や事件が各章に登場して飽きない。たとえばクレオパトラは、何ヶ国語も操る聡明な女性であったとして、その最期には子供を守る意図があったのではないかと言う。「本当は美人じゃなかった説」については本書を参照されたい。アレキサンダー大王については、エジプトに造られた都市アレクサンドリアが詳細に取り上げられている。大図書館と博物館を持つ知の集積地だ。エジプトの周辺国のことも書かれている。「赤い河」クズルウィマックに建国されたヒッタイトは、世界で初めて鉄の冶金技術を開発し、2輪戦車で一世風靡する一方、言語・楔形文字・法律・宗教などを外から輸入した「全てが借用」多民族コスモポリタン国家だったという。編集国家とも言えるだろうか。このようなやり方でエジプトと肩を並べるまでになっていったのが興味深い。そんなヒッタイトとエジプトは、平和な時代と戦争の時代を共有した。平和な時代の遺跡は、海中からも見つかっている。1982年、トルコ南部のウル・ブルンの難破船から王妃ネフェルティティのスカラベ型の印章が見つかった。現時点で世界最古の沈没船だ。搭載されていたガラスのインゴットの成分は、エジプトのものと一致した。つまり、紀元前1300年代の地中海に既に交易システムがあったことが窺われる。電気も車も、鉄も3大宗教もなかった頃の交易システムだ。どんな感じだったのだろう。

イスラムを生きる人びと――伝統と「革命」のあいだで
作者:川上 泰徳
出版社:岩波書店
発売日:2012-03-30
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古代に負けず劣らず、現在進行形のエジプトも興味深い。昨年、アルジャジーラを通じて見たタハリール広場の映像が忘れられないのは私だけではないだろう。

Tahrir Square on February11

Jonathan Rashad, wikipedia

本書は、現地取材とインタビューによってエジプトの生活と社会を描いた本だ。著者の川上さんは新聞記者で、エジプト革命も現地からレポートした。当時、毎日発信した記事は『現地発 エジプト革命』にまとめられている。

イスラム世界に暮らしていると、自分が大きな修道院や教会の中で暮らしているような気持ちになるらしい。「なぜ1日に5回も礼拝するのか」「なぜ断食をするのか」と聞かれることがあるが、それは、サッカーを知らない人が「なぜ、手を使ってはいけないのか」と聞くようなものだ。イスラム教徒は、イスラムというルールの中でプレイしている人たちである。象徴的な例として、カスルニル橋でデモ隊と治安部隊が衝突した際、放水や催涙弾を受けている最中にデモ隊が礼拝に入り、治安部隊も攻撃を辞めたため、一瞬の停戦状態が出現したことを挙げる。ちなみに、催涙弾による眼の痛みは、コーラで目を拭いて、タマネギの汁を絞ると和らぐらしい。ルールがあるが故に、逆に、多様なイスラムが生まれている。日本はルールは明示的ではないのに、画一的で似たような行動様式になっているという。そんな気がしなくもない。

また、イスラムの「5行」に貧しいものに施しを与える「喜捨」があるが、具体的な慈善活動として、母子家庭・貧困家庭の「結婚支援」が行われているという。個人的には「お祝い事」をサポートするという考えが良いものに感じられた。人生、幸せな記憶があったらがんばれそうだ。これ以外にも、エジプト革命前後の状況や、事実婚や女性からの離婚請求などの社会の変化、女子割礼・名誉殺人などの昔からの風習、さらにはパレスチナにおける殉教志願の若者へのインタビューなど、現実のイスラム社会を知ることができる一冊である。

21世紀中東音楽ジャーナル
作者:サラーム 海上
出版社:アルテスパブリッシング
発売日:2012-02-15
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最後にご紹介するのは、中東やインドの音楽をフィールドワークし続けているサラーム海上さんの『21世紀中東音楽ジャーナル』だ。もう著者の名前からしてイスラム贔屓である。集団トランスを引き起こすモロッコの音楽グナワ、旋回舞踊で有名なスーフィーの音楽を活かしたスーフィ・エレクトニカ、イスタンブールの伝説のベリーダンサーのセマ・ユルドゥズなどなど、個性的な面々が次々に登場する。90枚のおすすめCD情報付きだ。

そして、最近の音楽状況を知るために訪れたエジプトで、偶然革命に巻き込まれる。本書は、1月19日から2月1日までの生活を日記風に書いており、『現地発 エジプト革命』と比較して読むとカイロとアレクサンドリアの公安の行動が一致していたりしておもしろい。また、騒乱の中でコンサートに行こうとしたり、「こんな状況でもCD屋に行っといてよかった」とホテルの部屋でCDをチェックするサラームさんが、革命の現場って案外そういうものかもしれないなと思わせる。

本書では、エジプト革命でよく話題になるインターネットの効果についても記述がある。2010年6月、アレキサンドリアの青年が警察の麻薬取引を暴く動画をインターネットに公表した。彼は警察に逮捕され、翌日、遺体となって発見された。この事件は、Googleドバイ支部のWael Gonim氏によって公表され、Facebookに「6th of April Youth Movement」と「We areall Khaled Said」というページがつくられた。このページがエジプト中の若者から支持され、翌年、1月25日にデモが計画される。『イスラムを生きる人びと』には、政府がこのデモを察知し、同胞団を抑えれば大事に至らないはずと公安を配備したことが書かれているが、結果的にはFacebook発のフラッシュモブを見誤ったということになるだろうか。多くて数千人と見積もっていたところに、数万人が押し寄せた。イスラム同胞団は、28日の「怒りの金曜日」以降に本格的に参加する。タハリール広場を24時間体制で管理し、セキュリティ・医療と規律を確保した人は、9割がイスラム同胞団だったらしい。「うまくいくときには日替わりでヒーローが…」という話をよく聞くけれど、組織がお互いに補完し合い、革命を成し遂げたのか。そう思うと運命的な気がする。偶然な気もする。

ムバラク大統領が辞任する直前の2月10日、「Soet el Horeya(自由の声)」という歌のビデオがYouTubeにアップされた。

http://www.youtube.com/watch?v=Fgw_zfLLvh8

タハリール広場で撮影されたこのビデオは3日間で70万ビューを超え、世界中の有志によって各国語に翻訳された。今では、200万以上の視聴数になっている。音楽的には普通のインディーズ・ロック・サウンドということだが、帰国して以来、Twitterとアルジャジーラで情報収集を続けていたサラームさんは、公開当日にこれを見て涙したらしい。エジプト、まだ行ったことはないけれど、遠いようで、近いようで。

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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出版社:中央公論新社
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