『それゆけ!! 珍バイク』 ロジスティクスのイノベーション(嘘)

土屋 敦2012年05月23日 印刷向け表示
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明後日5月25日、Hondaはフルモデルチェンジしたスーパーカブ50を発売する。生産は、中国の新大洲本田摩托有限公司。メイド・イン・ジャパンではないが、値段が48000円程度も安くなり、110km/Lという燃費にも、グッと来る。しかし、個人的に注目すべきはやはり、なんといっても、次の点だ。以下のニュースリリースより引用する(太字は筆者)。

・低・中回転域を重視したトルク特性によって、荷物積載時などで力強い走りを実現

・従来モデルのカスタムタイプに比べホイールベースを35mm延長したことなどにより、荷物積載時のより安定した走行

荷物の積載に便利なリアキャリア(長さ331mm<ガードを除く>、幅299mm)

・買い物で便利なかけフック

そう。カブの荷物積載ポテンシャルにばかり目がいってしまう。それは、こんな本を読んでしまったからである。

それ行け!! 珍バイク
作者:ハンス・ケンプ
出版社:グラフィック社
発売日:2012-05-07
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目を凝らさないとわからないかも知れないが、表紙は、おそらく40〜50羽ほどの鶏と家鴨を載せた、カブ(ここではスーパーカブおよびよく似た「バイク」の総称として使う)の写真である。場所は言うまでもなくベトナム・ホーチミン。本書は、ホーチミン市街を積載量オーバーで走るバイクの写真のみを200枚近くも掲載した写真集だ。

私が目視でおおよその数をカウントしてみただけなので、正しい数字ではないが、70本を越える車輪、卵750個、トイレットペーパー100個に犬7匹、よくわからない動物の肋骨たくさん、ハンガー数百本(このへん数えるの諦めました)、巨大な氷2個、金魚の入ったビニール袋20個、豚3頭 牛1頭、サメ1匹、自転車7台、人間5人などなどが、それぞれ一台のカブに載せられている。

著者は、初めてこれらの「積載量完全オーバーのカブ群=珍バイク」をみたとき、この光景はやがて消えてしまう、と確信し、運転がとびきりうまいバイクタクシーを雇って自分も市街を走りながら、次々に写真に収めたという。それが2003年のこと。約10年が経過した今、本書はもはや消えてしまった現象を記録した貴重な民俗学的資料となった……わけではなく、ホーチミンでは、未だに大量のカブたちがエンジン音とクラクションを響かせ、走り回っている。

というわけで、著者は2011年にふたたびバイクタクシーに乗り、珍バイクを撮影する。その際の写真は、本書の巻末に、「それ行け!!珍バイク リローデッド」として収められているのだが、珍バイクたちはまだ健在、というよりさらに進化しているのだ。金魚が入ったビニール袋は28個に増え、しかも袋の中の金魚の数もぐっと増えている。卵はたぶん1300個、巨大な氷は8個と一気に4倍、他にもサラダ油100リットル以上とか、危険物チックな積載量オーバー案件もあって、ちょっとどうかと思う。2003年との違いは、当時は帽子や軍用ヘルメットをかぶっていた運転手たちがちゃんとバイク用のヘルメットをかぶっていること。いや、そこだけちゃんとしても、そもそもサラダ油100リットルとかだめでしょ、と突っ込みたくなる。

尚、これらのバイクのほとんどが、単一の種類の品物を載せていることから、単に消費者が大量の買い物をしてバイクに載せているのではなく、ほとんどの場合、商業物流として機能していることがわかる(ただし「人間5人」は除く)。珍バイクはホーチミンの物流の一端を担っているのだ。それどころか、もしかしたらベトナムの成長は「珍バイク物流」に支えられているのかも知れない。冒頭に書いた新型スーパーカブの登場が、さらに芸術的な大量の荷物の積載方法を生み出し、珍バイク物流がますます発展する可能性だってあるだろう。1台で卵1万個とか、金魚が入ったビニール袋1000個とか。

言うなれば、日本の草の根から生まれたスーパーカブというかなり特殊な乗り物(出前持ちが片手で運転できるとか、雪駄でシフトチェンジ可能とか)が、アジアの別の一都市で、ローカライズされたイノベイティブな物流システムを生み出したわけである(と言い切ってよいのかよくわからないが)。そう考えるとこれらの写真が別のものに見えてくるから面白い。さらには混沌とした世界情勢のなか、もしかしたら、この珍バイク物流システムが世界各国に広まってゆく可能性だってある。物流ではないが、中米では「5人家族が一台のカブでお出かけ」というのを見たことがある。佐渡では荷台に肥料と農具をいっぱい載せたうえにさらにおばあちゃんが乗っかり、おじいちゃんが運転するカブが道の真中をゆっくりと蛇行していて、怖くて追い越せなかったことがある。これほどデンジャーな乗り物を他に私は知らない。

おっと、話が逸れた。とにかく、世界中に珍バイク物流が広がっていくさまを想像するのは相当楽しく、写真をじっくり眺めながら妄想がどんどん広がっていく。ニューヨークを走り回る珍バイク群とか、結構しっくり来ると思うのだが、いかがだろう。

ところで、本書はオールカラーで200ページ、厚さ1.8cmというスペックで1800円(税別)という破格の値段だ。そんなに大量に刷っているはずはないから、いったいどうやって原価を抑えてこの価格を実現しているのか謎である。もしかしてスーパーカブに本書を山ほど積んで日本中に配本して経費を節減しているとか……。

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ホンダのベトナム市場を開拓したのこの方だそうです。

駆け抜けたホンダウェイ
作者:小林 隆幸
出版社:口伝舎
発売日:2012-02-20
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