『ウナギ 大回遊の謎』 ウナギ王に!俺はなるっ!!

村上 浩2012年06月22日 印刷向け表示
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ウナギ 大回遊の謎 (PHPサイエンス・ワールド新書)
作者:塚本 勝巳
出版社:PHP研究所
発売日:2012-06-16
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多くの人を惹きつける謎、答には辿り着けなかったものの手がかりを残した先人たちの苦闘、新たな発見から導かれる刺激的な仮説、目を見張る美しい図版(しかもカラー!!)、自然の神秘に近づくための大航海、共に謎を追い求める仲間、そして、数え切れない失敗の先に待ち受けるクライマックス。本書にはその全てが揃っている。これでワクワクしなけりゃ、これで燃えなけりゃ、どんな本で興奮するというのか。他の本のレビューに煮詰まって読み始めたが最後、書きかけのレビューを投げ捨て、新たにレビューを書かずにはいられない程なのだ。

しかも、この内容で900円(税別)!安売りの殿堂ドン・キホーテのマスコットのドンペンくんも裸足で逃げ出すコストパフォーマンスである。これはもう、無駄に長い私のレビューを読むまでもなく、ぐだぐだ言わずに、読むしかない!!!

ついつい興奮して感嘆符を多用してしまったが、まだ読了後の興奮が抜けていないようである。落ち着いて、本書の説明に移ろう。

本書で追いかける謎は、ズバリ、ウナギはどこで卵を産むのか、である。どこのスーパーでも売られている養殖ウナギの産卵がこれほど謎だらけであったとは驚かされる。世界のウナギ産卵場研究は1904年デンマークのシュミット博士によって始められたそうだが、東京大学大気海洋研究所教授である著者率いる研究グループが2009年にニホンウナギの天然卵を見つけるまで、その産卵場がどこにあるのかは謎のままであった。この謎は、海底に眠る財宝が海賊たちを惹きつける様に、多くの研究者を惹きつけた。著書もその謎に魅せられた一人であり、本書はそんなウナギの謎の解明に研究人生を捧げた著者の自伝的記録である。

産卵場所以外にも、7不思議と言われるほどにウナギの生態には謎が多い。何しろ、100メートル近い落差のある日光の華厳の滝を登ったり、海と川を行き来する「通し回遊魚」のはずなのに河川遡上しない海ウナギがいたり、どうにも一筋縄ではいかない生き物なのだ。多くの科学者を悩ませるウナギだが、歴史に名を残す大御所たちもその謎に惑わされてきた。大哲学者アリストテレスはウナギが泥の中から自然発生すると考えていたし、精神分析学者フロイトは多大な苦労を払ったにも関わらず雄ウナギの精巣を特定することができなかった。

なんとも謎めくウナギだが、著者は研究人生の最初からウナギを追いかけていたわけではない。学位論文は「魚類の遊泳に関する運動生理学的研究」というタイトルであり、自然の中でのフィールドワークではなく、研究室に籠もって様々な魚の遊泳行動を観察していたようだ。このときの研究がただ闇雲に自然を追いかけるのではない仮説構築力を培ったのだろうか。著者が提案する仮説はどれも魅力的である。

仮説力を武器にアユの研究に取り掛かった著者は、早い時期(8~9月)に産卵する小アユと遅い時期(10~11月)に産卵する大アユが世代毎に交代する(小アユの子が大アユとなり、大アユの子が小アユとなる)という「スイッチング・セオリー」を導き出し、学会に大きなインパクトを残し、回遊魚研究にのめりこんでいく。

産卵とは無関係に海と川を行き来する「両側回遊」のアユは、海でどのように暮らしているのか?海の中をどのようなルートで回遊しているのか?追いかけるほどにどんどん膨らんでいく疑問は、「なぜ魚は回遊するか」というより大きな問題を著者に与える。その後著者は、産卵のために海から川を上がってくる「遡河回遊」のサクラマスの研究を経て、産卵のために川から海へ下りていく「降河回遊」のウナギへと辿り着く。それぞれの回遊を比べることで、より大きな疑問への答えに近づけると考えたのが運の尽き。ここからの研究はどっぷりウナギ漬けとなる。

ウナギ研究の歴史に話を戻そう。先に述べたシュミットより前にウナギ研究に大きな功績を残したイタリア人研究者がいることは、業界関係者にもあまり知られていないようだ。1892年グラッシィとカランドルッチオは地中海で、柳の葉っぱみたいに扁平な体をした透明な仔魚であるレプトセファルスを採集し、これがウナギの幼生であることを証明した。そのため、それからしばらくウナギの産卵場は地中海と考えられていたのだが、シュミットは自分の目で見なければ納得しなかった。実際に地中海で採集を行うと、得られるレプトセファルスの体長は数十ミリ以上の発達が進んだものばかり。卵はおろか、より小さなレプトセファルスも得ることができない。そこでシュミットは一つの結論に辿り着く。

ウナギはここ(地中海)では産まれていない。

シュミットは地中海に見切りをつけて、大西洋に目を向ける。

「目を向ける」というのは簡単だが、やらなければならないことと言えば、広大な大西洋全域でプランクトンネットを曳き様々なサイズのレプトセファルスを採集すること。気の遠くなる作業の果てに、シュミットが10ミリ以下のレプトセファルスを捕まえたのは、ヨーロッパからは数千キロも離れたサルガッソ海である。何とも壮大なスケールの研究である。普段口にしているウナギがそんな長旅をしているとは、1922年にまとめられたシュミットの集大成的論文を読んだヨーロッパの人々はさぞ驚いたことだろう。

どれだけ小さなレプトセファルスを見つけても、卵そのものを見つけ出さなければ、ウナギはどこで卵を産むのかの謎を完全に解いたとは言えない。多めに見積もっても、一年の間に産卵する親ウナギは産卵の瞬間には一辺10mの立方体中にすっぽり入ってしまうほどに集中していると言われている。この広大な大洋の中でたったの一辺10mの立方体である。しかも、卵は受精後一日半で孵化してしまうというのだから、この宝探しの難易度は最高レベルだ。

過去発見されたレプトセファルスのサイズ分布、海水の塩分濃度、魚群探知機、海底の形状、最新の機器から得られた情報を基に、最もあり得そうなストーリーを描き出す。そして、そのストーリーに沿った採集計画を立案し、実行する。刻々と変化していく天候と、新たにもたらされる仲間の船からの現場情報を頼りに、ギリギリの決断を下さなければ、その瞬間には立ち会えない。ときには、良くできた仮説がその判断を鈍らせることもある。

レプトセファルス採集データと海底地形図から、著者は「海山仮説」を思いつく。東経143度北緯15度の水中にそびえ立つ、富士山クラスの海山は広大な海を旅して来たウナギの雄と雌が出会う約束の地として機能するはずだ。なにより、この付近で最も小さなレプトセファルスが採れている。一旦この仮説に過去のデータを当てはめると全てがうまく説明できる。徐々に自信を強めていく著者は、いつのまにか講演や執筆活動の中で、あたかもこの海山で実際に産卵が行われているかのように説明を行っていた。

これだけ説得性のある仮説である。天然卵を狙った採集活動は、当然この海山が中心となる。

絶対にここで産卵しているはずだ。

仮説がいつの間にか、著者の頭の中で事実に置き換わりつつあった。しかし、この付近では2005年に孵化2日後のプレレプトセファルス(後期仔魚であるレプトセファルスよりも、より卵に近い前期仔魚)が採れて以来、研究に進展がなくなってしまう。2008年6月4日午前3時、進展しない研究に失望感漂う著者グループに驚きの知らせが届く。海山から100キロ以上も南の地点で、世界初の産卵直後の親ウナギが採集されたのだ。この快挙を成し遂げたのは、ウナギの専門家ではない地学研究者率いるグループである。自らが構築した美しい仮説に固執した著者は、幅広い事実に向けるべき目を閉ざしていたことに気がつく。

このように、本書ではその研究成果だけでなく、失敗も含めた著者の思考の過程が包み隠さず描かれており、大変興味深い。ファクトの集め方・読み解き方、ファクトに基づく仮説の作り方、仮説構築の後に気をつけるべきこと、なぜ非専門家が専門家より優れた視点を持ちえることがあるのかなど、研究者に限らず参考になる。

もう一度言おう。

この内容で900円(税別)である。238ページの新書にコンパクトにまとめられた本書は、”うまい、はやい、やすい”でお馴染の吉野家が腰を抜かすほどに、“おもろい、読み易い、やすい“のである

失敗を重ねながらも着実にゴールに近づいていく本書は最後まで期待を裏切らない。大きく広げられた風呂敷はきっちりと畳まれるので安心して読み進めて欲しい。また、大冒険が終わった後の最終章「自然と保全」では、これからのウナギの未来についての警鐘が鳴らされている。大西洋のアメリカウナギとヨーロッパウナギは何と最盛期の1%にまで激減しているのだ。天然ウナギ信仰も見直すときが来ているのかもしれない。

先人達の研究を発展させた著者らのグループの発見により、サイエンスアドベンチャーとしての産卵場調査の時代は終わりを告げた。ウナギ研究は新たな目標を追いかける、新たな時代へ突入した。

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究極のクロマグロ完全養殖物語
作者:熊井 英水
出版社:日本経済新聞出版社
発売日:2011-07-16
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こちらはウナギではなく、マグロに人生を掛けた男の物語。こちらも資源の激減が懸念されます。レビューはこちら

漁業という日本の問題
作者:勝川 俊雄
出版社:エヌティティ出版
発売日:2012-04-12
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日本の漁業はどこへ向かうのか。何とも哀愁漂う表紙である。栗下直也の珍しく(?)真面目なレビューはこちら

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