『世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析』 アゲと気合の日本人論

2012年7月6日 印刷向け表示
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世界が土曜の夜の夢なら  ヤンキーと精神分析

作者:斎藤 環
出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日:2012-06-30
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ヤンキーをWikipediaで引くとこうなる。

ヤンキーとは、本来はアメリカ人を指すYankeeが語源。日本では、「周囲を威嚇するような強そうな格好をして、仲間から一目おかれたい」という少年少女。また、それら少年少女のファッション傾向や消費傾向、ライフスタイルを指す場合もある。口伝えで広まった言葉のため、本来の意味を知らない多くの人々によってあいまいな定義のまま使用されることが多く、「不良」「チンピラ」「不良軍団」など多くの意味で使用される。

確かに私も、なんとなくチンピラっぽい人のことをヤンキーと呼んでいる。今までの人生で、自分がなったことも付き合ったこともなく遠巻きで見ているにすぎなかった。しかし『世界が土曜の夜の夢ならーヤンキーと精神分析―』を夢中になって読むうちに、自分の中に眠っている「ヤンキー的日本人」(これも相当変な日本語だ)に否応なく気づかされてしまった。

第一章の冒頭で著者の斉藤環はいきなり「天皇とヤンキー」について語り始める。2009年、天皇陛下即位20周年を祝う「国民祭典」において、メインとなる祝奉曲を披露したのはEXILEだった。「なぜこの人たちが選ばれたのか?」とものすごい違和感を覚えたが、実は即位10年の式典に選ばれたアーティストがX JAPANのリーダーYOSHIKIだった、と指摘され、だれがどうやってプロモーションしたのか俄然興味がわいてきた。

本書は不良という意味の「ヤンキー」そのものを語る本ではない。日本人が好む(と思われる)「ヤンキー的美学」はどこに潜んでいるのかを、精神科医らしく多くの事例から読み解いていくものだ。そこには故・ナンシー関が深くかかわっている。彼女が90年代に書いたコラムの中で「不良文化」とは違う文脈の日常に潜在する「ヤンキー性」について言及している。彼女が高校時代、ヤンキーとして人気があったのは「横浜銀蠅」というロックバンドであった。ナンシーの妹が大ファンであったことを受けて、否定でも肯定でもなくこう言うのだ。

銀蠅的なものを求める人はどんな世の名になろうと必ず一定以上いる

その割合は人口の三分の一から半分。えっ、そんなに?と思う人は私と一緒だ。実際、この章でヤンキー的サンプルとして挙げられた16にわたる例のどれにも自分は入っていない。

しかし第二章以下で考察される、いかにも「日本人的」な事象やもの、行動を追っていくと自分の心の中に眠るヤンキー的美学に気づかされていく。

例えば「アゲと気合」。ヤンキーたちは気合を貴ぶ。対局の存在であるギャルたちの行動規範はアゲ、だ。どちらもテンションを高め昂揚することに重きを置く。全く正反対な存在のように見えて、≒の関係だと気づかされる。

例えば「ヤンキーと母性」。若いころは家にも帰らず親を泣かせた不良たちは、ある年齢になると典型的な家族思いになることは珍しいことではない。早熟で婚期が早い。後にそれが崩壊するにしても、家庭に対するあこがれが強いのは女性的だ。

私が最も面白く読んだのは第十一章「特攻服と古事記」である。古事記の中のヤンキー的存在といえばスサノヲであると斉藤は言う。確かにキャラが立ち母を慕い、最後は英雄となる姿はヤンキー的美学の頂点であるだろう。ナンシーの指摘した「どの時代でもヤンキー的なものを求める…」は古事記にも存在した。

その上、思想家、丸山眞男の古事記研究から「つぎつぎになりゆくいきおひ」が日本文化の古層ある、これがヤンキー的文化と≒であると断じている。日本人は太古からこうやって生き延びてきたのだ、斉藤の訳をそのまま載せればこうなる。


気合とアゲアゲのノリさえあれば、まあなんとかなるべ

 

ヤンキー的美学は相対するものが「+」されて成り立つ。特攻服+ファンシー、和+アメリカ、自由主義+集団主義、個性+様式化。キャラを際立たせようと究極まで突き詰めるとヤンキー化していくようだ。

一見して共通項の見出せない指向性が突き詰めていくと「≒」でヤンキー的美学に結びつく。相田みつをとジャニーズオタク、バッドテイストと白洲次郎、そしてなんと黒人文化とヤンキー文化!それを包括しているのは、なんでも貪欲で無節操に呑みこむことができ、古事記から脈々と続く日本人が本質的に持つオプティシズム(楽観主義)だ。

先日、ある方の3歳の娘さんの写真を見せてもらった。ピンクのフリフリが付いた甚平姿でポーズをとる娘に「ヤンキーっぽいでしょ」と満足げに語る父親は、まぎれもなくヤンキー的美学が染みついている。ちょうどこの本を読んでいる最中だったので、具体的事例として検証されたようでちょっと嬉しかった。

まあ、そんな難しいことじゃなく、なんで工藤静香がヤンキーっぽい恋人遍歴の果てに木村拓哉と結婚したのか、天皇陛下即位式典でEXILEが選ばれたのはどうしてなのか、なんとなく理解できただけでも、この本を読んでよかったと思うのだ。

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