『ブラジルの不毛の大地「セラード」開発の奇跡』 結果を出した国際協力

村上 浩2012年07月12日 印刷向け表示
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ブラジルの不毛の大地「セラード」開発の奇跡 (地球選書)
作者:本郷 豊
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2012-06-29
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絶望的な困難にも挫けることのない現場、ぶれることのない決断を下すリーダー、プロジェクトを土壇場で成功に導くこととなる意外なきっかけ。「プロジェクトX」のような奇跡の物語には、こんなテンションの上がるプロセスが欠かせない。確かに、本書で描かれる奇跡にもそんな胸が熱くなる場面は登場する。しかし、本書で最も“奇跡的”なのは、過程ではなく、なによりもその結果である。とにかく、この活動がもたらした成果は凄まじい。

ポルトガル語で「閉ざされた、密集した」という意味を持つセラードは、ブラジル内陸部の中央高原を中心に広がり、日本の総面積の5.5倍(約2億700万ヘクタール)という想像すら難しい程の巨大な植生地域を形成している。熱帯サバンナに広がるセラードには多くの潅木が断続的に茂みを作っており、人を寄せ付けない不毛の地として知られていた。

雨も降らず、栄養素の乏しい枯れた土壌であると思われていたこのセラードのポテンシャルを引き出し、世界の食糧事情を変えた奇跡の開発事業。この事業に、非効率や腐敗と結びつけて語られることの多い日本のODA(政府開発援助)が深く関わっていたと言えば驚く人も多いだろうか。日本とブラジルが手と手を取り合って行ったこの「日伯セラード農業開発協力事業(プロデセル)」は、セラードを世界有数の穀倉地帯へと変貌させた。

この事業の成果を最も端的に現しているのは、ダイズ輸出量の変化だ。セラード開発以前(1962-66年)は、年平均16.7万トンであったブラジルのダイズ輸出量は、2011年にはその200倍以上の3,690万トンにまで増加し、現在では世界No.1となっている。

また、ブラジルのダイズ輸出量が世界全体のダイズ輸出量の中で占める割合は同期間で2.2%から40.6%に急増しており、1970年代まで80~90%のシェアを誇っていたアメリカの一極体制を終わらせた。ちなみに、このセラード事業開始を日本に決意させたのは、世界のダイズを牛耳るアメリカのニクソン大統領による1973年のダイズ輸出禁止策(ダイズショック)である。

農作物生産量の急増以外にも見逃せないのは、ブラジル国内のバリューチェーンの拡大だ。一次産品である穀物生産の川上では種子や肥料、農薬、農業機械、川下では加工品や肉類、乳製品など、それぞれの産業で新たなビジネスが生まれ、新たな雇用が生まれた。2009年のブラジルGDPを見ると、アグリビジネス全体が占める割合は20%を超える。また、アグリビジネスだけでブラジルの全雇用者の37%を雇用しており、セラード開発の成功がなければ、BRICSという言葉も生まれなかったかもしれない。

この成功は多くの人、組織に支えられていたが、その中でも特に大きな役割を果たしたのが「ブラジル農牧研究公社(エンブラパ)」である。1970年頃の「ブラジルの奇跡」と呼ばれた経済成長で主役を務めた大蔵大臣デルフィン・ネットの「ブラジル農業の発展に欠けているのは、優良な農業機関である」という指摘のもと、1974年にエンブラパは誕生した。このエンブラパが中心となり、土壌・品種改良などの技術的イノベーションを推進していったのだ。

多くの研究者を留学させ、博士号を取得させたエンブラパだが、その視線は常に現場を向いていた。エンブラパは「社会とのインターアクション」を重視し、生産者のニーズにもとづく研究開発こそが生産性向上につながると考えて、研究を進めた。マーケットプル型R&Dの典型的事例と言えるかもしれない。

更なる加速のために海外からの援助を求めていたエンブラパには欧米の機関からのオファーも複数あったが、彼らが最終的に選んだのは日本のJICAであった。JICAが選ばれたのは、日本からの一方通向の専門家派遣だけでなく、ブラジル研修生の日本での受け入れや機材提供、更には制度・組織構築までを含んだ包括的な協力体制を示したからだ。

本書では、このように国のカタチを根底から変えたプロデセル事業の成功要因が詳細に分析されている。著者は2人ともJICAの職員であり、著者の1人の本郷は1974年にブラジルに渡り、1978年からはプロデセル事業全体のコーディネーションを行うカンポ社(日伯合弁会社)で日本とブラジルを繋ぐ大役を果たしている。もう1人の著者細野も、2001~2002年にかけてJICAのブラジル国別援助研究会の座長として現地を訪れているという、この大事業の“中の人”である。

当事者たちによる振り返りであるが、その文章運びは落ち着いたものであり、決して超人たちの偶然の物語として描かれてはいない。著者たちの目的は、成功の余韻に浸ることではなく、この成功の意味を読み解き直し、より普遍的な次へ繋がる仕組みを抽出することなのだ。地球の反対に位置する国と国が、共通の目的に向かうときに必要となる組織、制度、人材とはどんなものか。どのような仕組みが機能して、どのような仕組みが機能しなかったのか。国際協力に関わる人はもちろん、組織や仕組みをつくる人にとっても学ぶものが多いはずだ。

もちろん、ここぞという場面で窮地を救った個の力も忘れることはできない。本書にも胸が熱くなるポイントが散りばめられている。

例えば、著者の本郷はカンポ社に役員補佐として赴任した直後に文化の違いに戸惑うこととなる。ブラジルは徹底したトップダウン文化であり、稟議書などは存在しない。カンポ社のブラジル人社長も本郷に情報共有することなく直属の部下にバンバン指示を飛ばし、事業を進めていく。ヒトもカネも技術も提供している東京に事業の進捗を報告しなければならない本郷に情報が全く共有されないのだ。

業を煮やした本郷は、休日や深夜に社長室に忍び込んで資料を読み込んで、何とか事業の進捗を把握した。隠密行動で発見した課題に取り組む本郷もついにはスパイ疑惑がかけられるのだが、ここで素直に引き下がるようでは国際協力事業を前に進めることはできない。不退転の決意の本郷がこの場面をどのように乗り切ったかは是非本書で確認して欲しい。

ノーベル平和賞を受賞したノーマン・ボーローグの手による緑の革命になぞらえて、この事業は“ブラジル版緑の革命”と呼ばれることが多い。既にとてつもない成果を出しているセラードだが、未利用の農業適地が6,000万ヘクタール(日本の農地の13倍)も残されており、この革命はまだ終わっていないとも言える。

また、この革命は次の革命を引き起こそうともしている。次のターゲットはアフリカの熱帯サバンナだ。日本とブラジルが協力して、セラードの成功をモザンビークで再現しようとしているのだ。この活動は、2011年に「日本ブラジル連携によるアフリカ熱帯サバンナ農業開発協力事業(ProSAVANA)」としてスタートし、世界の注目を集めている。次の奇跡への挑戦は何をもたらすだろう。

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緑の革命を起した不屈の農学者 ノーマン・ボーローグ
作者:レオン ヘッサー
出版社:悠書館
発売日:2009-09
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コムギの改良により緑の革命を主導したノーマン・ボーローグの伝記。持ち前の好奇心と行動力で現場へどんどん切り込んでいくボーローグの姿に心惹かれる。紹介されているボーローグの台詞がいちいち格好いいのだ。

メキシコに赴任し、現場へ出かけようとするボーローグに現地の管理人が、メキシコの文化では研究者は手作業や汚れ仕事を伝えると、ボーローグはこう答えた。

「きみが正しいやり方を知らなくて、どうやってアドバイスできるんだ?労働者が誤った情報をもってきても、きみにはわかりもしないじゃないか。だめだ、変えなくちゃいけない。私たち自身が努力しない限り、この取り組みはどこにもたどりつけない。」

さび病対策を目指したコムギの品種改良スピードを上げるために、前代未聞のシャトル育種(メキシコ国内2000kmを1年で往復して栽培する)を提案したボーローグに反対意見が矢のように飛んできた。

「どれだけの労力が必要になるかはわかっています。何ができないと言わないでください。やるべきことを言って―それをぼくにやらせてください。ヤキの人たちが努力してみる価値のあることはただひとつ、さび病への抵抗です。(中略)余分な仕事や予算の問題など、くそくらえです。やらなければならないことだし、私にはそれができると信じています。」

ボーローグは後年、日本財団との取り組み「笹川グローバル2000」にも関与している。

国際貢献のウソ (ちくまプリマー新書)
作者:伊勢崎 賢治
出版社:筑摩書房
発売日:2010-08-06
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国際貢献の現場で起こっていることをリアルに伝える一冊。レビューはこちら

ルワンダ中央銀行総裁日記 (中公新書)
作者:服部 正也
出版社:中央公論新社
発売日:2009-11
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日本人による国際貢献と言えば、この一冊は欠かせない。獅子奮迅の活躍を見せる著者の姿に誰もが何かを感じるはずだ。

JICAはHPで様々な情報を公開している。例えば、本書で用いられている図表が様々に使われた、活動のサマリーとなるPDF資料もある。

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