『台湾海峡一九四九』

麻木 久仁子2012年07月28日 印刷向け表示
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台湾海峡一九四九
作者:龍 應台
出版社:白水社
発売日:2012-06-22
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中国は、日本の侵略に耐えぬき、戦後5大国の一員として重要な地位を認められた。しかし、国内では大戦末期から再燃した国共両党の対立が続いた。

中国共産党は毛沢東の指導のもとに新民主主義をとなえ、農村部で土地改革を指導して支持をかため、47年なかばから人民解放軍によって反攻に出た。

49年12月蒋介石は大陸から追われて台湾にのがれ、ここで中華民国政府を維持した。(山川出版社・詳説世界史より)

教科書の記述はこうだ。侵略、対立、反攻、維持……しかし、人々を襲った嵐はそんな言葉では表しきれないものであった。本書は、兵役によりまもなく入営しなくてはならない十九歳の息子・フィリップに「家族の歴史を知りたい」と求められた母・龍應台さんが、それに応えるべく、父母の漂泊の人生をたどり、父祖の地を訪ね、あるいはまた今は年老いたかつての少年たちなど数多くの人々に聞き取りをしながら綴った“物語”だ。収められた多くのエピソードはひとりひとりにとっての真実であり、歴史の事実であり、著者自身の言葉によれば“時代に虐げられた命に捧げられた文学”である。巻末にはずらりと歴史の証人たる人々の名前が連ねられている。60年の歳月を経て、ようやく語ることが出来る胸の痛みを、敵味方に関わらず分け隔てなく描いた本書は、台湾・香港で42万部を越えるベストセラーである。中国では禁書だが「海賊版が売れに売れて、香港空港のトランジットや台湾を訪れた中国人が買う土産の定番に」なっているそうだ。

解放軍の激しい攻撃に追いつめられ、海南島から撤退する国民党軍の艦船に人々は殺到するが、縄網をよじ登りきれず「トプン、トプンと、一人ずつ落ちていくんだ。水餃子を鍋に入れるときみたいに」。そのあとには「数えきれないほどの旅行カバンが、油で汚れた黒い海にぷかぷか揺れて」いる。

戦乱をさけて疎開した数千人の学生たちは、長い流浪のあげく無理矢理国民党軍の兵隊にさせられそうになるが、「親が大切な子供を教師に預けて旅立たせたのは、教育の機会を守るためであり、兵隊にするためではない」と抗議し陳情した教師たちは、即座に処刑されてしまう。

共産党軍は「兵力現地補充」の方針を採用し、「捕らえた捕虜がかぶっていた帽子を取り上げて共産党軍のものと交換し」「くるっと向きを変えさせて」戦場の最前線に送った。捕虜たちはさっきまで味方だった国民党軍と戦い、弾除けにされるのだ。こうして、貧しさから逃れて同じ村から従軍した少年たちは、あるときは味方として、あるときは敵として戦い、果ては朝鮮戦争にまで送られ、そののち50年、故郷の地を踏むことは出来なかった。

北と南へ向かう列車が交差する駅のホームでは、人々がどちらの列車に乗るべきか決断を迫られる。生き延びるためにはどこへ向かえばよいのか。家族全滅をさけるために、あえて南北に分かれて旅立つ親子兄弟姉妹もあった。そしてそのとき、どの列車に乗ったかが、その後の人生を大きく左右することになる……

満州国の首都・新京は、日本軍が去り、再び“長春”という地名を取り戻していたが、1948年3月、共産党軍に包囲されてしまう。半年間に及ぶ“長春包囲戦”の末に“無血開城”したが、国民党軍とともに町に閉じ込められた長春市民は、その間に数十万もの餓死者を出した。にもかかわらずなぜ、その凄惨な出来事は語り継がれていないのか。これではまるで、数十万もの人々は “蒸発”したかのようではないか。“歴史”は人々がどこへいったというのだろう。

ページをめくるたびにこうした物語が次々に押し寄せてきて、波に飲み込まれるような感覚さえ覚える。それぞれが胸に封印してきた思いを語れるようになるために、60年の歳月は長かっただろうか、短かっただろうか……

あらゆる出来事は同時に発生し、また平行して存在している。物語は尽きることがない、“私たち”がどんな人でできあがっているのかを、私はまだちゃんと伝えられないでいる。

本書の原題は大河・大海を意味する『大江大海一九四九』なのだそうだ。歴史の大河大海のうねりも、こうした一滴一滴の人生が途方もなく集まって生み出しているのだという事実に圧倒された。息をのみ、しばしば涙ぐまずにはいられなかったが、やがてページをめくるごとに「安っぽく涙ぐんだりして読んではならない」という厳粛な気持ちにさせられていくのを感じた。

後世に生きる人間は国家やイデオロギー、民族といった“大きな物語”に目を奪われるのが常だが、その底流のひとりひとりへ目を向ける視点がないのならば本当に歴史を語ることにはならないのだろうし、実は現在を語ることもできないのではないかと思わされるのである。“大きな物語”の前で、個人はみな弱者であり無力だ。

それでも生き抜こうとする人々の息づかいが聞こえてくるような描写が続く。

どんな物事であろうと、その全貌を伝えることなど私にはできない。フィリップ、わかってくれるだろうか?誰も全貌など知ることはできない。ましてや、あれほど大きな国土とあれほど入り組んだ歴史を持ち、好き勝手な解釈と錯綜した真相が溢れ、そしてあまりのスピードに再現もおぼつかない記憶に頼って、何をして「全貌」といえるのか、私にはひどく疑わしい。(中略)だから私が伝えられるのは、「ある主観でざっくり掴んだ」歴史の印象だけだ。私の知っている、覚えている、気づいた、感じたこと、これらはどれもひどく個人的な受容でしかなく、また断固として個人的な発信だ。

著者は1985年に戒厳令下の台湾社会を鋭く批判する評論でデビューして以来、話題作を次々に発表し、現在は文化省大臣の地位にある。歴史への、そこに生きる人々への、そして自身の歴史観についての、こうしたまなざしを持つ人物がいま台湾文化行政のトップに立っている。これほどまでに様々な出自と歴史を背負った人々が形作る台湾の“多様性”を、真正面から見つめている。龍さんが担う文化行政がめざすのは、その多様性こそを強みとしようとするものになるに違いない。

重い内容でありながら最後まで引き込まれるように読むことが出来るのは、訳者の天野健太郎さんの力も大きい。訳者あとがきに「語りのリズムを楽しんでほしい」とあるように、著者や登場人物が身近で話しかけてくれるように感じる文章で、とても読みやすい。

まだ夏の盛りだが、私にとっての今年のナンバーワンは本書に決まりだ。ぜひともオススメの一冊である。読後には、あなたにとって大切な家族や友人の顔が浮かぶに違いない。

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