『ネアンデルタール人 奇跡の再発見』 発見の歴史はさらに続く!

東 えりか2012年08月26日 印刷向け表示
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ネアンデルタール人 奇跡の再発見 (朝日選書)

ネアンデルタール人 奇跡の再発見 (朝日選書)

  • 作者: 小野昭
  • 出版社: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2012/8/10

19世紀半ば、イギリスから始まった産業革命はヨーロッパ全体に広まっていた。ドイツも工業化の波が押し寄せ、資源の獲得と製品までの工程が洗練され改良されていった。

1856年、デュッセルドルフから東へ約13キロにあるネアンデル渓谷(タール)は、石灰岩の採掘が盛んに成されていた。その一角、小フェルトホッファー洞窟で、ある骨が見つかった。洞窟を突き崩す作業に従事していた作業員は、当然のことながら不要な堆積物は外に廃棄していたが、その骨が出てきたちょうどその時、「大理石工業ネアンデルタール株式会社」の共同社主が視察のために現場にやってきて、それを見咎めた。調査を依頼された村の教師で博物学の研究者でもあるフールフットは、見つかったものが人間のものであり、もしかすると中部ヨーロッパの原住民でないか、と発表したのである。

見つかった骨は解剖学的に部位が特定されるものから破片にいたるものまで含めて16点。その頭骨の形態に興味を持ったボン大学解剖学教室、シャーフハウゼンは、翌年の「ニーダーライン地方自然学・医学協会」で以下のように発表した。

尋常ではない人骨の形態は、人為的な変形によって生じたものではないこと、特に前頭部の構造は病理学的な要因によるものではなく、自然のものである。(中略)このような頭骨は現生の人種のいかなる集団にも見出すことのできないような、原始的な進化段階を示している。

有名なネアンデルタール人の発見は、このような経緯があった。後年、研究するときの基準となる模式標本は、この化石人骨である。

しかし、発見場所の洞窟はセメント用石灰岩採石地。この素晴らしい発見など何の関わりもない、と跡形もなく取り尽くされてしまったのだ。考古学や人類学には不可欠の「どこで発見されたか、いつごろのものか」というもっとも基礎的で重要な事項がなくなってしまい、以来143年経つまで、この模式標本の資料価値の信頼度は低いままであった。

本書の筆者も考古学者で旧石器時代の研究者である。日本の旧石器時代研究といえば、2000年に発覚した「旧石器捏造事件」が頭に浮かぶ。筆者は毎日新聞がすっぱ抜いた大スキャンダルの検証に携わっていた。そのさなかの2001年「著名なネアンデルタール人の頭骨に、近年、発見された骨が接合した!」というニュースが飛び込んでくる。これもまた捏造ではないか、という気持ちが脳裏を横切ったのも仕方がないことかもしれない。

発見したのは、オリジナルの頭骨が保管されているライン州立博物館の若き考古学者、ラルフ・シュミッツとユルゲン・ティッセン。彼らは今や平地になってしまったネアンデル渓谷小フェルトホッファー洞窟をピンポイントで特定し、1997年、新しい骨を発見した。その中のひとつが、なんと1856年に見つかった骨の欠けた部分にぴったりと嵌ったのだ。

もちろん、この間も場所の特定を模索した研究者はいた。1983年から3年間発掘し失敗に終わったケルン大学のボジンスキーはよほどストレスが溜まっていたのだろう。筆者を招いての昼食で、食後のデザート、夫人手作りのババロアを「現地はこんなふうに破壊されている」とフォークでぐちゃぐちゃにして夫人に叱られたそうだ。

他の研究者とシュミッツとティッセンが違ったのは、渓谷があったころ、つまり産業革命以前のこの場所について書かれたあらゆるものを渉猟したからだ。この場所はドイツ・ロマン主義運動の盛んな時代は芸術家たちが集い、様々な催しがされていた。彼らは当時に描かれた絵画やリトグラフ、地図、文学作品、旅行案内書を徹底的に分析した結果、たどり着いたのである。1m四方の区画を一人が担当、愚直に手で掘り、出てきたものを水洗いし分析する。

日本列島の場合、火山灰質の土壌であるローム層中に旧石器時代の人々の痕跡が発見される場合がほとんどだそうだ。ローム層は弱酸性で、骨のような有機質の資料は腐食して残らない。ヨーロッパは氷河期に石灰岩地帯から風で吹き上げられて堆積した地層で見つかるため、骨が保存される。筆者はドイツ留学中に旧石器時代の打製の骨器や骨資料の調査を行い、20年近くも携わってきた。得意分野である石器に関してもかなり詳しく説明している。

ネアンデルタール人再発見の過程だけでも十分興奮するが、本書にはもうひとつ興味深い研究結果が書かれている。それは、ネアンデルタール人はわれわれホモ・サピエンスの祖先であるかどうか、ということだ。これは、ホモ・サピエンスのアフリカ一元起源説と多地域進化説という二つのモデルをめぐる議論で、1980年代から年代学、遺伝学、古人類学など様々な分野を巻き込んで展開されていた。近年、DNA研究の発展により化石からも判定できるようになった。果たしてネアンデルタール人は祖先であり、教科書でよく見かけた人類の進化の絵は正しいのか?驚愕の研究結果は最後の最後に明らかにされる。

研究者たちの素顔も垣間見え、古代史のロマンを十分に堪能しながら、現在の遺伝子最前線によって人類の進化が明らかにされていくのは興味深い。決して厚い本ではないが、読みごたえはたっぷり。研究者たちの熱意が、この奇跡を掴みとったのである。

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