『チェンジング・ブルー』

成毛 眞2008年12月06日 印刷向け表示
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チェンジング・ブルー―気候変動の謎に迫る
作者:大河内 直彦
出版社:岩波書店
発売日:2008-11-27
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このブログにおけるサイエンス・ノンフィクション部門で本年ナンバーワンの本である。しかも著者は日本人なのだ。日本人がこのような本格的なサイエンス本を書けるとは思ってもいなかった。英訳されれば外国でも間違いなく売れる本だ。スムーズな章立て、快適なスピード感、語り口のうまさ、膨大で正確な知識、非センセーショナリズム、過不足のない図版、丁寧な注釈と索引、どれをとっても素晴らしいのひと言だ。

巻末の人名索引で紹介されている科学者は65名。注だけで37ページ、図版出典一覧は別立てで6ページもある。ちなみに本文は344ページである。価格は2800円。これは本当にお買い得だ。興奮しすぎて、何の本なのかを紹介するのを忘れていた。本書は長期的な気候変動のメカニズムとそれを解明した科学者たちの物語である。

第1章で海底堆積物の意味について説明がある。映画「グラン・ブルー」を引き合いに出し、ビジュアルで一気に読者を引き込んでゆく。第2章ではその海底堆積物から得られる情報の一つに太古の海水温があると明かされる。実際には酸素同位体を使って測定するのだが、その発見の過程や理論も丹念だ。しかも、同位体を計測する質量分析器の構造から、同位体比とその表記方法まで取り扱う丁寧さだ。科学入門書を読みなれた読者であれば、この2章まででブルーバックス1冊分の分量があるいうことに気づくだろう。

第3章では巨大氷床の形成とアイソスタシー、氷床の融解と海面上昇。第4章では地球の公転軌道と離心率・歳差や自転軸の首振り運動がこれまた丁寧に説明されたうえで、ミランコビッチ仮説まで一気に持っていく。このようにかいつまんで紹介すると大変難しい本のように思えるが、じつは説明の手つきがしっかりしているので高校生であれば充分に理解できるであろう。

本書は13章立てであるから、読者はさらに9章の物語を楽しめることになる。中盤は気候における深層水循環と循環停止のメカニズム、後半は気候変動における変化率の話が中心となる。最終章で著者は気候変動はヒステリシスで説明することができるため、問題を放置することは劇的に短期間で気候変動をもたらす可能性があると警告する。

本書ではもちろん取り上げていないが、人類史的にも太古から現代まで気候変動は、ヤンガードリアスと人類の農耕開始の因果関係や黒海の汽水湖化とノアの洪水伝説の関係など、興味深い仮説が出されている分野だ。それらの本をより楽しんで読むためにも本書は必携だ。

高校生や大学生も読むべき本だ。本書は単に気候の科学を紹介した本ではない。科学者たちのさまざまな逸話を紹介しながら、科学における知識の積み重ねという美学を教えてくれる。この本に触発された若い読者の中から何人もの大科学者が生まれるに違いない。

残念なのは噴火の影響についてはあまりページが割かれていないことだ。1815年のタンボラ火山について数ページ触れているのみだ。7-7.5万年のトバ火山のような「破局噴火」の影響についての解説が欲しかった。扱いが小さいのは、長期の気候変動を考える上では噴火はトリガーにしかならないのだからかもしれない。

ともあれ、トバ火山については、このときの劇的な気候変動で人類の総数は壊滅的に減少し、子孫を残こせたのが1000-1万カップルになり、それが我々のDNAに多様性の欠如として刻み込まれているという仮説がある。このときに人類に寄生していたシラミやヘリコバクターピロリ菌のDNAにもその痕跡が認められるという。ちなみにこのトバ火山はTNT換算で1テラトンの規模だった。広島型原爆にして7億発弱が爆発した規模なのだ。

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