『恵庭OL殺人事件:こうして「犯人」は作られた』 新刊超速レビュー

仲野 徹2012年10月11日 印刷向け表示
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恵庭OL殺人事件: 「つくられた犯人」からえん罪へ
作者:伊東秀子
出版社:日本評論社
発売日:2012-06-18
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街中で少しでも時間があると本屋さんに入ってみる。出張で札幌に行った時、地元ならではの本はないかと入った書店で偶然に見つけたのがこの本である。そんな状況で掘り出した本なので、「新刊超速」というには恥ずかしいタイミングになっていることはお許しいただきたい。しかし、出版後一ヶ月で版を重ねているから、この本、地元では結構売れたようだ。

次から次へと「どこどこ(地名)なになに(容疑者あるいは被害者の特徴)殺人事件」というのが報道されていくから、平成12年の「恵庭OL殺人事件」と言われたところで、記憶に残っていない人がほとんどだろう。札幌と千歳の中間にある恵庭という北海道の町で、恋人を奪われたと思ったOLが、同僚女性を殺害後に灯油をつけて燃やした事件。より正しくは、そういうふうに報道され、判決が下された事件、である。

その事件の内容、供述内容、そして裁判内容が、被告側の主任弁護士であり国会議員でもある伊東秀子によって詳細に綴られたのがこの本だ。内容の多くが記録文章なので、決して読みやすい本ではない。しかし、逆にそのことが、この事件と裁判とを生々しく描き出している。

弁護側からの記録であるから、もちろん被疑者サイドに立っており、警察、検察、裁判所を非難し、冤罪であることを強く主張している。状況証拠のみで直接証拠は一切なし。その上、自白供述も全くなし。確かに、有罪判決を受けた女性の犯行としては、不自然なことが多すぎる。おそらく、裁判員制度が導入された後であれば、疑わしさがゼロとは言えないが、十分な合理的証拠がないのであるから無罪、という判決になっただろう。

犯罪のノンフィクションはけっこう読む方だが、これでもかこれでもかと、取り調べや裁判の経過が詳細に記録されたものを読んだのは初めてだ。北尾トロの裁判ものが好きでほとんど読んでいるのであるが、あらためて、裁判というのはこのようなものなのかと思った。「心証」というあいまいなものが、ここまで跋扈しているのかと。

被害者の携帯電話に繰り返し無言電話をしていたこと、最初の段階では弁護団にも心を開けずにいたために重要なできごとを隠していたこと、などが裁判官の心証を悪くしたのは間違いない。一方の弁護側も「心証」を意識しすぎて、一審では、殺人の動機とされた被疑者の恋人を証人喚問していない。被疑者に有利な証言をすることが確認されていたにもかかわらず、である。

裁判というのは、論理的かつ合理的なものだとされている。私もそう信じていた。しかし、この本を読んで、科学の世界で我々が使う「論理」と、裁判で使われる「論理」とはレベルが違うものであるということがわかった。「ありえない」というまがう事なきことと、「あるはずがない」という判断が忍び込んでいることとが、裁判ではほぼ同列に並べられてしまっている。どう考えてもおかしいだろう。結果として「はず」か「はずでない」ということが争点となり、心証が形成されて判決がくだる、というのは、あまりにも恐ろしすぎる。

殺人事件の犯人とされるような状況に巻き込まれる確率は低そうだが、「それでもボクはやっていない」のように痴漢くらいならば十分にありえることだ。普段から、聖人君子のような生活をしていないと、どんな「心証」をもたれるか、わかったものではないということなのか。この「法治国家」で生きていくには、裁判にはそういう場合もある、そして、実際にそういう裁判もあった、ということを頭に入れておいたほうがいいのだろうか。

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