『江戸蕎麦通への道』

成毛 眞2009年06月19日 印刷向け表示
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江戸蕎麦通への道 (生活人新書)
作者:藤村 和夫
出版社:日本放送出版協会
発売日:2009-06
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狙っている読者層が広すぎる。けっして悪い意味ではない。蕎麦好きも、蕎麦屋通いも、趣味の蕎麦打ちも、プロの蕎麦屋も、江戸趣味人も、うんちく好きも、単なる本読みも、間違いなく満足できる本である。新書にこれだけの薀蓄を江戸情緒たっぷりに詰め込めるとは信じがたい。

薀蓄本のたしなみで、テーマである江戸蕎麦の歴史から本をはじめるのだが、その内容と分量に過不足がない。まずはきちんと出典を示しながら、江戸の町で蕎麦がいかに食べられていたかを鳥瞰する。そして江戸時代から現代まで、東京の蕎麦屋の動向を確認しながら、江戸蕎麦を定義してみせるのだ。江戸の町では年に8000万食もの蕎麦が食べられていたという。1人で150玉-200玉食べていたことになる。

単にノスタルジーや、老舗の親父の小言を本にしたのではない。そば屋の汁が2日目、3日目と塩辛くなるのは、塩の味をなだめているイノシン酸が空中からの落下菌を自己消化によって分解され、味のないインシンに変化していくからだと、いわば「そば屋の科学」もたっぷりだ。生きたまま急速極低温冷凍されたカツオは見た目は良いが、イノシン酸が含まれていないため、鰹節としては使えないのだという。

「藪」「更科」「砂場」の系列別薀蓄もじつに面白い。「藪」は場所柄、職人や通行人が相手だった。さっと出して、さっと食べれるように、汁は濃く、蕎麦の水は切れていないのだという。「更科」はお屋敷にまとめて出前をすることが多いので、たっぷりの汁につけて食べて美味しいように、蕎麦は水が切れていて、薄い塩味の汁なのだそうだ。「砂場」はその中間である。馬生がマクラで「死ぬ前に一度、つゆをたっぷりつけて食べたかった」といっていたのは藪のことだ。

ところで、機械で伸ばす場合は短いドウの連続なので、切れやすく、ぶつぶつした食感になるという。ところが30分ほど放置すると「再結合」するので、蕎麦がつながらないと嘆く新規参入のロール麺蕎麦屋さんは、麺帯にしてからすぐ麺線に切らずに小一時間おけばよいと、業者に対しても親切だ。

とはいえ、本業である蕎麦屋の仕事場への注文は素晴らしくキツイ。たとえば、蕎麦のゆで釜に蓋を使っているか、使っている蓋は木製か金属製か、木製だとしても湯を蓋の上からかけているか、を見るべきだという。それらの条件が満たされないと、蕎麦は「ソラ煮え」すなわち糊化していない状態になるというのだ。「ゆで」だけでもこうだから、水洗いや種作りはもちろん、汁作りに至ってやかましいことこの上ない。職人に憧れる若者が引きも切らない理由がここにある。

さて、もう11時である。今日のお昼は吉祥寺の「神田まつや」に行ってみよう。ここの店長は15歳でまつやに修行に入ったという50才だ。わさびかまぼこ、焼鳥、焼き海苔というボクの決まり事をやっつけてから、もり2枚とわさびかな。ご酒は一本。

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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