『アルゴ』  CIA史上、最もあり得ない救出作戦

東 えりか2012年10月26日 印刷向け表示
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アルゴ (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) (ハヤカワノンフィクション文庫)

アルゴ (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) (ハヤカワノンフィクション文庫)

  • 作者: アントニオ・メンデス, マット・バグリオ, 真崎 義博
  • 出版社: 早川書房
  • 発売日: 2012/10/4

1979年11月4日、イランの過激派学生がテヘランのアメリカ大使館に乱入・占拠し、66人を超えるアメリカ人を人質にして立てこもった。当初、女子学生を先頭にして侵入してきたデモ隊は“怖がらないで。我々はセットイン(はまりこみ)したいだけ”と書かれたプラカードを掲げ(のちにこれはシットイン(座り込み)の間違いだとわかる)、アメリカ海兵隊が発砲しにくいように計画されていた。

当時、アメリカ大使館のまわりのデモは日常的で、“アメリカに死を!”とか“シャーと一緒に消えろ”など過激な文字に慣れた大使館員は、ただの騒音と捉えていた。しかしこの日は違っていた。前年の同日、テヘラン大学の学生が軍隊によって殺害された特別な日だったのだ。デモ隊は大使館内に散開し、瞬く間に本館を孤立させた。職員は2階に立てこもる。当然、海兵隊員は暴動鎮圧用の装備を身に着け、大使館のあちこちに陣取る。しかし過激派は、警備責任者のアル・ゴラチンスキー他、数人を拘束し、降伏しなければ彼らを殺す、と脅しをかけ、結局全員投降する。これが444日に渡る監禁の始まりであった。

当時のイランとアメリカの関係を簡単に説明すると、東西冷戦下では蜜月状態にあったアメリカのカーター大統領とイランのレザー・シャー・パーレビ国王だが、イランの経済政策失敗から国民生活は困窮し、その原因をアメリカと逆恨みしていた。人々はパーレビ国王が国外亡命の後、イスラム教シーア派最高指導者ホメイニの指導によってイスラム原理主義国家を打ち立てる。反米感情に火がついた過激派学生が起こした事件、これがアメリカ大使館の占拠であった。

後に黒人と女性は解放されたこの占拠事件だが、偶然にも同じ敷地内の領事館から脱出し、カナダ大使館員の自宅に匿われていた6人の男女がいたことは、この18年間伏せられてきた。もしイラン側に露呈すれば、スパイ容疑で処刑されるのは間違いない状況のなか、極秘の救出劇を指揮し成功させたのは元CIA偽装工作スペシャリスト、トニーと呼ばれていたアントニオ・メンデス。18年間秘密にされていた作戦の、衝撃の手記がこの『アルゴ』である。

脱出した6人は年齢はバラバラ、特殊な訓練を受けたことがある者はなく、まさに「普通」の人たちである。彼らはコードネームを“客人”とされた。過去、数々の救出劇を成功させたトニーだが、これほどの緊迫した中、一般人を6名も救出するのは並大抵のことではない。さまざまなアイデアが浮かんでは消える。カナダ側に匿われていることが発覚すれば、今度はカナダとイランの関係が危うい。

結局のところ、彼らを偽装させて連れ出す以外にはない。できるだけ地味な、目立たない容姿や職業にみせかけるのが定石である。しかし、今のテヘランではアメリカ人だと分かった段階で殺される。まして救出を待っているのは素人だ。どんなに場数を踏んだプロの工作員でさえ、変装して逃げるときにボロを出す。

トニーが考えたのは“客人”たちに勇気を与え、こちらを信じて積極的に参加したくなるような設定だ。だったら定石とは反対をいったらどうだろう?できるだけ派手に華々しいことなら、それが偽装工作だとは思わないだろう。トニーが助けを求めたのはハリウッドのメイクアップの神様、彼が“ジェームス・キャロウェイ”と呼ぶ「猿の惑星」の特殊メイクでアカデミー賞を受賞したジョン・チェンバースであった。

1970年代後半から80年代前半は、「スター・ウォーズ」のメガヒットや「未知との遭遇」、「スーパーマン」「エイリアン」とSFXブームに沸き立っていた。メイクアップ技術も、もはや化粧の域を超え、別人に変装させる技術となっており、すでにCIAでは採用されていた。このふたつを使えば、テヘランの6人を救出できる。こう確信したトニーはチームを組み、架空のプロダクションを設立、映画製作に乗り出す。それがこれだ!

ロバート・シデル&アソシエーツ提供

スタジオ・シックス・プロダクション

アルゴ -宇宙炎上‐

テレサ・ハリス脚本 1980年3月 撮影開始

植民地の惑星を舞台に、守護神ビシュヌと死の神ヤマ・ダーマが天界を覆う。それは光も通さぬ天蓋であり……

この訳のわからぬ脚本なら、テヘランでロケをしても誰も疑わないだろう。あとは正攻法だ。イラン大使館にビザなどの申請を出し許可を得る。工作員と“客人”たちの偽装身分証明書を注意深く用意し、ハリウッドに実際のオフィスも用意した。あとはテヘランで多少の演技指導をするだけだ。して、その結末は!!

事実は小説より奇なり、とは正にそのとおりで、奇でない現実は本にはならない。本書も小説として書かれたら「リアリティがない」の一言で却下されそうな話である。6人が救助された事実は明らかにされたが、詳細は18年間隠蔽されていた。当事者たちも誰かに話したくてたまらなかっただろう。本書によってようやく解禁となったのだ。正直、前半は状況説明が長く、少々退屈するかもしれない。我慢して我慢していると、150ページあたりから俄然面白くなる。スパイもの好きにはたまらない。

この作品は映画化され、今日から全国ロードショー。ベン・アフレックが監督主演を務め、プロデューサーはジョージ・クルニーである。読んでから観るか、観てから読むか。中東の歴史に疎い日本人としては、複雑な背景を知ってから観ると面白さが倍増するかもしれない。

追記(10月27日)

映画を観てきました。これは是非、多くの人に見てほしい。本書の後半の面白いところだけをピックアップし、当時の映像を再現して臨場感いっぱい。最後の30分は息を飲むのも忘れるほどスリリングでした。事件のことはよく覚えていますが、444日間も拘束されていた人たちの恐ろしさを想像すると慄然とさせられます。映画の後、もう一度本を眺めると、なるほど、こういうことだったのかと改めて納得させられました。それにしてもベン・アフレックってこんなにカッコよかったっけ?

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