『ものつくり敗戦』

成毛 眞2009年09月12日 印刷向け表示
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ものつくり敗戦―「匠の呪縛」が日本を衰退させる (日経プレミアシリーズ)
作者:木村 英紀
出版社:日本経済新聞出版社
発売日:2009-03
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表紙が悪い。使っている写真は沈没した戦艦「伊勢」だそうだ。敗戦だから戦艦沈没だという脈絡が判らないし、歯車と組み合わせたデザインも最悪だ。タイトルも悪い。そもそもボクは「ものつくり」という言葉が嫌いだ。「ものつくり」とは工芸的・職人的な匂いがする言葉であり、これを無条件に現代工業に対して適用しようとする感覚が判らない。と、いうことで3月に発売された本書を、最近まで手にとらなかった。間違いだった。

著者はまったく逆のことを言っていたのだ。裏表紙で「『ものつくり』こそお家芸(中略)暗黙知ばかり重視する「匠の呪縛」の危険性を明らかにする警告の書」と書いてあるのを見落としていた。著者は理論を軽視し、システム思考が根付かない戦後日本を憂いているのだ。そして、「匠の呪縛」から脱却し「コトつくり」をするべきだと説く。が、しかし、本書の価値はそこだけではない。じつは第3章までの産業史を概観した前半が素晴らしいのだ。

第1章は科学技術史についてだ。科学と技術を結合させた人類初の独立工学教育機関、エコール・ポリテクニクの説明からはじまる。これを第二の科学革命とする。続いて大量生産、互換性と企画化、制御、ネットワーク、オペレーション・リサーチ、サイバネティックスなどに時系列でページはどんどん・さくさく進む。さらに非ユークリッド幾何学から論理学までを引き合いにだして、20世紀前半は論理の世界だとたたみかけるのだ。判りやすい文章できっちりと書かれていて、素晴らしい科学技術史のテキストになっている。この部分だけでも高校の教材などに取り上げる価値があると思う。

第2章は幕末から敗戦までの日本の産業史についてだ。とりわけ第二次世界大戦の敗因については、軍の暴走や政府の失政を語る本ばかりのなかで、本書は技術者の戦争責任も問う。見通しが甘く資源を浪費したというのだ。ゼロ戦については名人芸の設計を反映して多数の熟練工を必要とし、総力戦兵器としては欠陥だったとするいっぽうで、戦艦大和を引き合いに出して当時の先端技術であったということも公正に評価している。

第3章は戦後のシステム思想なき日本の産業史についてだ。いっぽうで科学イコール自然科学という考えは狭くて時代遅れであり、とりわけ物理学と化学の過剰なほどの重視が、日本の産業の現状を引き起こしたとする。これはたいへん興味深い論であり、これから議論が巻き起こることを期待したい。

短い終章は不要だったかもしれない。というよりも、同じ著者で終章を1冊とした本を読んでみたい。著者の頭の良さが直感的にわかる本は意外に少ないが、この本はそれだ。

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