『たまたま』

成毛 眞2009年09月23日 印刷向け表示
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たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する
作者:レナード・ムロディナウ
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2009-09-17
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非常に面白い科学本なのだが、非常に読みにくい。原因の1つは著者がいわゆる「田舎者」のアメリカ人であり、つまり巨大市場アメリカの読者のみを対象として、低俗な修辞を連ねていることにある。イギリス人の著者であれば、科学書のマーケットは全世界に求めるしかないので、当然だれにでも理解できるような記述になる。ボクがイギリス人の科学書を高く評価している理由だ。

脂肪が多い食生活を例えるのに「ミルクと一緒にホステス社のディン・ドンを食べる」などと言われてもなんのことだかわからない。ギリシャ人は確率理論を作っていないが、それを説明するのに「サイコロを2つ投げて6のゾロ目がでることに、コルベットを賭けるのは賢明ではないことを教える理論を生み出さなかった」という。ここで言う「コルベット」とはGMのスポーツカーのことだろうか。ましてや野球をまったく知らないボクにとっては(日・米・韓・キューバなどを除く、人類の大半が同類だ)「ヤンキースのマリスとマントルのホームラン記録」など知る由もない。

読みにくい第2の理由は翻訳だ。原文が酷いのかもしれないが「もし腹を空かせた穴居人が遠方の岩の上にぼんやりとした緑色の何かを見つけたとき、実際には丸々としたおいしいトカゲであるのに、つまらぬものだとしてそれを一蹴してしまうことは、追跡して飛びかかってみたら数枚の落ち葉だったという場合に比べ、犠牲が大きい。」など、非常に理解しにくい。原文がどうあれ、少なくとも2つの文に分けるべきだろう。

この類の啓蒙的な科学書は、いわゆる文系の翻訳者にまかせるべきかもしれない。かなりの意訳が必要だと思われるからだ。訳者あとがきで「私の見通しの甘さから翻訳完成が大幅に遅れてしまった」と陳謝していることからみると、やはり原文がひどいかったのであろう。

その結果、まだ第1章と第2章、最終章しか読んでいない。本書はトイレ送りの本だ。トイレで半年かけて読み通すつもりだ。本書を捨て去れないのは、悲しいことに内容がじつに面白いからだ。時間をかけて、稚拙な文章から本意を推測しながら読みとるという「パズル」を兼ねた本なのだ。

面白さを抜きだしてしてみよう。たとえば、ノーベル経済学賞の受賞者で心理学者であるダニエル・カーネマンは、若いときにイスラエル空軍の飛行教官に対する教育を引き受けた。前向きな行動に報酬を与えるのはよいが、失敗を罰することはあまり意味がないという動物実験の成果を応用しようとしたのだ。ところが、空軍の連中はその逆だという。「ヘタだった飛行」に対しては怒鳴りつけたほうが、次回の飛行は改善するというのだ。カーネマンの非凡なところは、それを聞いて「そのヘタだった飛行」は偶然その日はダメだっただけであり、それゆえに怒鳴りつけようがしまいが、次回の飛行は平均に回帰するがゆえに、改善したように見えるだけだということを発見し、自らの学問を深めたのだ。

もう一つの事例は図版を使ったファンドの運用成績グラフだ。文章だけでは説明が非常に難しい。ともかくその図版を見る限り、一目でファンドの運用実績はまったくあてにならないということが良く判る。これなどは事例というだけではなく、財産管理に実際に応用できる。

じつは本書にはこのような事例が満載なのだ。この事例をきちんとした文章で再構築すると非常によい啓蒙書になるであろう。思わず、その作業をやってみたくなる。

本書の実質的な結語は「(これらの研究から)私が学んだのは、前向きに歩きつづけることだ。なぜなら、幸いなことに、偶然がかならず役回りを演じるので、成功の1つの重要な要素、たとえば打席に立つ数、危険を冒す数、チャンスを捉える数が、われわれのコントロール下にあるからだ。失敗のほうに重みをつけてあるコイン投げでさえ、ときには成功が出る。」だ。

やっぱり理解できないって?つまり著者はこう言いたいのだ「成功するためには、まずは挑戦する回数を増やすことが重要だ。成功は偶然やってくるので、挑戦する回数が多ければ多いほど、成功する回数は増える。したがって失敗しても挑戦を続ける前向きさが、成功するためには重要な要素なのだ。表側におもりを付けてあるようないかさまコインですら、裏面がでる時もあるのだ。」と。

ともかく、トイレ用にもってこいの本だ。

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