『東電OL事件 - DNAが暴いた闇』 新刊超速レビュー

仲野 徹2012年11月20日 印刷向け表示
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東電OL事件 - DNAが暴いた闇

東電OL事件 - DNAが暴いた闇

  • 作者: 読売新聞社会部
  • 出版社: 中央公論新社
  • 発売日: 2012/11/8

HONZのメンバーがとりあげる本は多種多様である。しかし、成毛はメカ系、麻木はナショナリスト系、栗下はアレ系、といったように、好みの分野があって、仲野には、伝記系、生命系に加え、殺人事件系がけっこう多いのである。とりわけ殺人事件が好きというわけではないが、佐木隆三が言うように、殺人事件には人間の業とでもいうものが詰まっていて、必ずや何かしら学ぶものがある。

『東電OL事件』は、殺人事件そのものについての本ではない。読売新聞社会部が、DNA再鑑定の結果を知った時点から、いかにして取材を進め、報道していったかについての本である。私も含めて、読売新聞の購読者でない人は、この事件の冤罪は司法によって淡々と進められたという印象を持っているのではないだろうか。事実は決してそうではない。新聞協会賞を受賞したこのグループによるスクープがなければ、異なった進み方をしたかもしれない。

検察と弁護団のせめぎあい、そして、夜討ち朝駆けで取材する記者たち。それぞれのコメントからどこまで読み取ってどういう記事にするのか。結果オーライだから言えるのだといえばそれまでであるが、実に生々しく描かれている。これだけわくわくする「報道ドキュメント」を私は知らない。

DNA鑑定の重要性と困難性についても繰り返し説明される。DNA鑑定という技術そのものは極めて優れたものであるし、この事件当時から再鑑定までの15年間に大きな進歩をとげた。しかし、試料が検出限界ぎりぎりであったり、複数の体液が混在してしまっていたりすると、その解釈は人間の判断に委ねられる。技術そのものは過たないが人は過つ。DNA鑑定とはいえ決して盤石ものではない。

真実とは何なのか、裁判をみていてもわからない。被疑者であったマイナリ氏が犯人ではないと断定されたわけではない。他に犯人がいたと考えても十分な合理性があるから、有罪ではない、ということにすぎない。DNA鑑定の結果、被害者の体内に残存していた体液を残した人物が特定されても、自白がなければ、犯人の可能性は高くとも、真犯人とは断定できないだろう。

記者はネパールへも飛んで、マイナリ氏の家や家族、友人も取材する。その状況証拠からして、マイナリ氏がお金に困って殺人をおかすとは考えにくいと判断する。しかし、事件当時、報道も、我々も、不法滞在するネパール人ということで、大きな予断と偏見を持っていたのではないか。それは、裁判官にもあてはまるのではないか。

この本を読むまで知らなかったのであるか、東京高裁において一審判決を覆してマイナリ氏を有罪とした高木俊夫裁判長は、別の冤罪事件である足利事件でも控訴棄却をした裁判長であった。確かに裁判というのは難しいであろうけれど、良心にのっとった判決で無期懲役の差し違えを二回、というのはいかがなものかと思ってしまう。

冤罪の可能性がある『恵庭OL殺人事件』 でも、この事件でも、被疑者が犯人と強く疑われた原因がある。それは小さなウソである。恵庭OLの事件では、被害者への何度もの無言電話を隠したこと、東電OLの事件では、売春をしたことを恥じてか、被害者との面識はないと言ったこと。自分を守ろうとしてついた小さなウソが証拠によって覆された時、強い嫌疑がかけられる。

殺人事件の被疑者にされた時、身に覚えがなければ、恥ずかしいことであっても、包み隠さず話さないととんでもない目にあわされてしまうのである。大きな教訓だ。やはり殺人事件から学べることは多い。

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