『ヴェネツィア・ミステリーガイド』と『ゴンドラの文化史』

成毛 眞2010年09月24日 印刷向け表示
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ヴェネツィア・ミステリーガイド
作者:市口 桂子
出版社:白水社
発売日:2010-08-25
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ゴンドラの文化史 運河をとおして見るヴェネツィア
作者:アレッサンドロ マルツォ マーニョ
出版社:白水社
発売日:2010-08-21
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フィレンツェの台所から (文春文庫)
作者:渡辺 怜子
出版社:文藝春秋
発売日:2003-03
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白水社からいきなりヴェネチア関連書籍の2連発である。来年のカーニバルに行ってみようとホテルを予約したばかりだ。まさに「渡りに船」ならぬ、「ヴェネチア旅行にゴンドラ」だ。ちなみに来年のカーニバルは2月25日から3月8日。最高潮の最終週土曜日は3月5日である。

『ヴェネチア・ミステリーガイド』は旅行ガイドブック仕立てだから、4泊5日の5章構成である。1日目はドゥカーレ宮殿最高議会広場やサン・マルコ広場、2日目はムラーノ島やトルチェッロ島、3日目はマルコ・ポーロや『ヴェニスの商人』、4日目はカジノやダーリオ宮、最終日は「くちづけの橋」などだ。出版社は白水社だ。もちろん、普通の旅行ガイドブックであるはずがない。

これらの観光ポイントについて歴史上のさまざまなミステリーが語られる。たとえば、サン・マルコ寺院はもちろん聖マルコの遺体が納められているはずのだが、本来首がないはずの聖マルコの遺体には首があり、じつはアレキサンダー大王だとする説もあることを語りだす。そして「夜逃げした元首」や「星の盾」などの魅力的な文句を散りばめて、読者にさっそくサン・マルコ寺院に行ってみよ、と迫るのだ。

ヴェネチアは仮面の街だ。妖しげな黒マントと鼻のとがった白い仮面姿はバウタと呼ばれる。この仮面姿の人々を見ることこそがカーニバルに行く目的だ。昔のヴェネチア人は国営賭博場に行くときに身につけることを義務付けられたという。女性は白い卵型のモレッタと言われる仮面を口でくわえていたらしい。そのため、静まり返った賭博場で王侯貴族も売春婦も互いに顔を見ることなくゲームをし続けたという。もし、この18世紀のマスカレードを見たければレッツォーニコ宮殿に行けと、読者を駆り立てる。

それぞれのエピソードを締めくくる文章もミステリアスだ。たとえば「墓島」では「ふたつの世界の狭間に、天使の名を持つ死者の島は漂いつづける」。「マルコ・ポーロ」では「このアーチをくぐるマルコ・ポーロと、その腕にしなだれかかる東洋の貴婦人の幸せそうな後ろ姿は、かれらの目には映らない」。どのエピソードから読んでも楽しめるのは、まさに旅行ガイドブックだからなのかもしれない。

塩野七生にもどことなく似ていて、端的な表現で魅力的な文章だ。そういえば、はじめてイタリア料理をちゃんと読んだ『フィレンツェの台所から』もイタリア在住だった女性作家の手のよるものだ。イタリアに住む日本人女性のまたなんと魅力的なことか。



さすがに同時発行の『ゴンドラの文化史』までは手がまわっていない。目次を見てみると、最初の100ページが過去1000年間のゴンドラの歴史だ。次の100ページが「ゴンドリエーレ」や「スクェーロ(造船所)、「トラゲット(乗り場)」などのゴンドラを取り巻くいわばインフラである。最後の100ページは事件や船のレースなどの風俗という大雑把な分け方ができるかもしれない。いつものごとく本格的に読み始めるまえに、ランダムに数か所を開いてテストした。

56ページ。ゴンドラのサイズが決定したのは19世紀になってからで、左右非対称というデザインが作られた。現在の左右差は24センチ。このあとゴンドラ造船職人は軍艦建造のためにハプスブルグ帝国などに赴き、一旦はゴンドラ造船が途絶えたのだが、オーストリアがヴェネチアを支配してから再開された。

116ページ。第2次世界大戦中、ゴンドリエーレたちは昼間にドイツ国防軍やナチ親衛隊を乗せ、夜にはパルチザンに武器を届けた。さすがにナチスもゴンドラの中まで捜索しようとしなかったからだという。戦後に進駐してきたアメリカ兵もゴンドリエーレのカモになった。「余分に払ってはいけない!落ち着きなさい。料金は次のとおりである」という兵士向けのポケットガイドが発行された。

197ページ。1907年、絶世の美女にして50人もの愛人がいたタルノフスカ伯爵夫人が、保険金目当てに夫を殺したカマロフスキ事件が起こった。やがて裁判で彼女は黒いゴンドラで護送されるのだが、あまりに魅力的なため護送兵士は毎日交代させられた。ヴェネチアの街はこの事件で一色になったのだ。

面白すぎる。これではテストにならない。適当に開いたページからどんどん読まされてしまうのだ。さらにパラパラとページをめくると、「奢侈取締官」「ウィーンのオレンジという砲弾」「ヴェネチア漕法」「名古屋港のイタリア村」など「これでもか」である。翻訳はこなれていて読みやすい。もちろんイタリア語を専門とする日本人女性の翻訳だ。

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