『沈没船が教える世界史』

成毛 眞2011年01月01日 印刷向け表示
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沈没船が教える世界史 (メディアファクトリー新書)
作者:ランドール・ササキ
出版社:メディアファクトリー
発売日:2010-12-21
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水中考古学の入門書である。著者は神奈川県生まれの35歳。テキサスA&M大学博士課程に在学中だという。これからを期待できそうな書き手だ。語り口によどみがなく、易しく書いているにもかかわらず、内容は濃くて1行の無駄もない。

水中考古学が研究対象とするのは「遺物」であり、おもに沈没船であるようだ。アレキサンドリアなど海に沈んだ古代遺跡もあるのだが数は少ない。本書によれば、海にはまだ300万隻もの沈没船が眠っているのだという。しかも、水中考古学がはじまってまだ50年だから、まさに考古学のフロンティアなのだ。

本書は将来にわたって水中考古学者が生まれ、育つことを期待して書かれている。そのため、専門書のような現状報告や技術論ではなく、前提となる海の世界史についてかなりのページ数を割いているのだ。高校時代の世界史のおさらいという印象なのだが、これがじつに面白い。

15世紀から始まった大航海時代はポルトガルやスペインが先陣を切った。ディアスとガマ、コロンブスとマゼラン、お馴染みの面々が登場する。中学生でも理解できる文章であるにもかかわらず、いまさらながら「嗚呼、そうだったのか」と何度も嘆息した。欲得がらみの命がけの冒険と、その経済性や政治的背景などを記しているのだから、大人にとっても面白くないわけがない。

16世紀後半からはイギリスとオランダが台頭しはじめる。当時ヨーロッパには2万隻に大型帆船があり、そのうち1万6千隻はオランダが所有していたのだという。当時の日本がポルトガルとオランダにだけ開国していた理由がよくわかる。

そして、いよいよカリブの海賊の登場だ。1988年から調査が開始された「黒ひげ」の船が、ついに1996年に発見される。さらに水中考古学者たちはキャプテン・キッドの船を2007年に発見した。本書にはその詳細が語られている。ついでながら海賊の本拠地、ジャマイカのポート・ロイヤルの地価はロンドンより高かったのだという。

ところで、映画「ベンハー」で良く知られる、何百人もの漕ぎ手をつかった戦闘用ガレー船の水中遺物はなかなか発見できないらしい。そもそも沈没しないように作られていたからだという。海の上でバラバラになったのだ。

日本近海では1976年に元時代の14世紀に沈没した大型商船が発見されている。中国で建造されたこの船は日元貿易のタイムカプセルと呼ばれているらしい。積荷の研究から、当時の日本の金融事情がわかってきた。驚いたことに、この船をチャーターしたのは博多商人だったという。

室町時代、元寇で失敗したフビライ・ハンは懲りもせずにベトナム(大越国)へ400隻の艦隊を派遣した。迎え撃つは陳興道総司令官。じつに巧みな作戦で元軍を滅ぼした。白藤江の戦いである。作戦に使われた多数の木杭が水中から発見されている。その木杭に阻まれて全滅した元艦隊の水中調査はまだ始まったばかりだという。

発見された沈没船の保存術を知って驚いた。空中に引き上げた木材はすぐにボロボロになるのだという。そのために塩を抜いて、ポリエチレングリコールを木材の細胞に充てんするのだ。1982年に引き上げられたイギリスの軍艦「メリーローズ号」は2010年現在でもポリエチレングリコールのスプレーをかけ続けているというのだ。一隻まるごとを博物館に収めるには20年の歳月がかかるらしい。

悠久の海の歴史の本である。非日常の最たるものであろう。本書は2011年1冊目の記念すべきお勧め本だ。

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