でかいぞ! 偉いぞ! 立派だぞ! 『ダムの科学』

仲野 徹2012年12月15日 印刷向け表示
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ダムの科学 -知られざる超巨大建造物の秘密に迫る- (サイエンス・アイ新書)

ダムの科学 -知られざる超巨大建造物の秘密に迫る- (サイエンス・アイ新書)

  • 作者: 一般社団法人 ダム工学会 近畿・中部ワーキンググループ
  • 出版社: ソフトバンククリエイティブ
  • 発売日: 2012/11/19

高度成長時代、安定した電力を供給するため、たくさんのダムが造られた。そのころ、ダムといえば未来に羽ばたくまばゆい存在であった。ところが最近は、不要な公共事業の代表にされ、環境破壊の悪玉にされ、どうも評判がよろしくない。これはいささか理不尽ではないか。ダムはどっしりと大きくかまえ、じっとしているだけなのに。この本を読んで、その気持ちがいちだんと強まった。ほんとにダムはすごいのだ。

日本でいちばん有名なダムは、あの石原裕次郎がつくった映画『黒部の太陽』の舞台になった黒部ダムだろう。このかっこいい映画を見てダムにかかわる仕事に就かれた人もたくさんおられるそうだ。立山黒部アルペンルートの中程に位置する、あの巨大なダムを見たことがある人も多いだろう。

たしかにでかい。さすがは黒部ダム、186メートルの堤高(ダムの高さ)は堂々の日本一。しかし、世界に目を向けると、その背丈は子どもレベルにすぎない。現在、世界一の堤高を誇るのはタジキスタンにあるヌレークダムで、なんと300メートル、そして堤頂(ダムの最上部)の長さが700メートルもある。かけ算をしてみると、面積は黒部ダムの倍以上もある。そのダムの写真を見れば、まるでたちはだかる壁のようだ。

ダムの大きさを比較するもう一つの尺度は貯水量。黒部ダムは意外に小さくて約2億トンしかないので、本邦10位にもはいれない。日本一は岐阜県にある徳山ダムの6億6千万トンであるが、これすら世界に目をむけると、赤ちゃんレベル。驚いたことに、日本中のダムの貯水量をぜんぶあわせても、ニューディール政策で作られたフーバーダム一個の貯水量におよばないのだ。しかもそのフーバーダムでさえ、世界の十傑には届かないのであって、最大の貯水量はジンバブエにあるカリバダムで1806億トン。って、どんだけ大きなダム湖なんだ。どんだけの圧力に耐えているのだ。

巨大な建造物となると、ちょっと常識では考えられないことがある。

“ブルドーザにGPSアンテナを搭載して、自機位置(平面座標、高さ)をリアルタイムに把握し、排土板を自動油圧制御します。これにより、事前に設定した設計面に合わせた敷き均し作業ができます。”

これは、どでかいからこそできる芸当だ。ちなみに排土板というのは、ブルドーザーの前面についている土砂をすくったりする板のことである。

でかさがゆえでもう一つびっくりしたのは、コンクリートからの放熱である。知らなかったのであるが、コンクリートというのは固まるときに熱をだすそうだ。普通の建物ならば、体積に比較して表面積が十分にあるので、その熱はすぐに放出されて問題にならない。が、ダムの大きさレベルになるとそうはいかない。熱がこもってしまい、ダムの中心部はぬるいお風呂くらいの温度になってしまう。その温度変化によるコンクリートの収縮も無視できず、そんなことまで勘案して作らなければならないというから、巨大というのはわずらわしくもある。

では、ダムのコンクリート、その寿命はどうなのかというのも気になるところだ。しかし、コンクリートの劣化によって寿命を迎えたダムがいまだに存在しないために、答えはない。上流からの土砂がたまる堆砂による寿命の方が、コンクリートの痛み具合による寿命よりも早く訪れるので、建造物としての寿命というのは考える必要がなくて、むしろ、役割を終えたダムをいかにして撤去するかの方が問題になる。

とはいえ、決壊したら大変なことになる。そのようなことがなかったかというと、いくつかはあったというから恐ろしい。しかし、そういった決壊事故の原因解析から、ダムの設計や安全性が確立されていったのである。もちろん、ダムの決壊は人の命を奪い、その下流域に相当な被害をもたらすのであるが、ユネスコが「世界最悪の人災による悲劇」ワースト5の一つとして認定しているダム史上最大の『人災』は、決壊ではなく、なんと津波なのである。

それはドロミテ山群にある、イタリアのバイオントダムにおいて1963年におきた大惨事。ダム湖をとりかこむ斜面で大規模な地滑りがおこり、その衝撃で200メートルという巨大津波が発生したのだ。この大津波はダムを大きく乗り越え、2000人以上の命を奪ったというのであるから半端ではない。そのセミドキュメンタリーを見ると、関係者の甘い判断が積み重なることによって招かれた人災であることが明らかだ。

工事中、地盤が緩いという懸念が生じたにもかかわらずダム建設を続行。完成後は、ダム湖の水位を上げ下げして小規模な地滑りを人為的に誘発させることによる悪い地盤の除去を試行。シミュレーション、といっても当時のことであるから模型によるシミュレーション、では、最大で20メートルの津波しかおこらないという誤った見積もり。そして地盤調査において得られていた危機を示すデータの意図的な無視。いくつもの人為的な要因があわさって、このようなとんでもない大惨事を引き起こしてしまったのだ。

しかしダムそのものは偉かった。堤頂を100メートル以上も超えた200メートルというその津波にびくともしなかったのであるから。当然のことながら関係した責任者は有罪判決をうけ、以後、二度と発電がおこなわれることはなかった。それでも、バイオントダムは満々たる水をたたえ、今も孤独に屹立しているのである。なんだか立派なのである。

昨今なんとなくダムの旗色はよろしくないような気がするのであるが、そんなダムを愛する人たちがけっこういるらしい。その名も『ダムマニア』というファンサイトがあるし、同じ名の本も発行されている。また、我が国には約三千基のダムがあるが、国土交通省管轄のうち111ヶ所のダムでは、訪問すると統一規格のダムカードがもらえるというのだ。四国八十八カ所とか、日本百名山の次には、もしかすると、全国111ダムダム巡礼、というのが中高年のブームになる日がやってくるかもしれない。

全77項目にもおよぶ内容が『ダム工学会』の近畿・中部ワーキンググループの専門家の方々によって分かりやすく説明されている。内容の一部しか紹介できなかったが、環境への配慮やダムに穴をあける工事など、へぇ~そうなのか、と驚くようなことが他にもたくさん紹介されている。大学や学会が発行した啓蒙を目的にする本で、これだけすばらしい本はそうないだろう。なにが言いたいかというと、最後になってしまったけれど、声を大にして、『ダムの科学』関係各位に心からの敬意を表したいのである。

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黒部の太陽

黒部の太陽

  • 作者: 木本 正次
  • 出版社: 信濃毎日新聞社 (1998/06)
  • 発売日: 1998/06

言わずと知れた、映画の原作です。

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新幹線がなかったら (朝日文庫)

新幹線がなかったら (朝日文庫)

  • 作者: 山之内 秀一郎
  • 出版社: 朝日新聞社
  • 発売日: 2004/8/5

高度成長時代といえば、新幹線でしょう。

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日本列島改造論 (1972年)

日本列島改造論 (1972年)

  • 作者: 田中 角栄
  • 出版社: 日刊工業新聞社 (1972)
  • 発売日: 1972

最近、角栄 bot(@t_kaku_ei_bot)にはまってます。40年前のベストセラー。絶版ですが、読み応えあり。

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