中学レベルの数学で理解する『学んでみると生態学はおもしろい』

2013年2月14日 印刷向け表示
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学んでみると生態学はおもしろい (BERET SCIENCE)

作者:伊勢 武史
出版社:ベレ出版
発売日:2013-01-17
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サバクトビバッタルリボシカミキリへんな虫イワサキヘダカヘビハキリアリトキフクロウペンギンダチョウシロクマウナギぞわぞわした生き物クロマグロウイルスコケ。HONZでレビューされた本に登場する生物、そのほんの一部だ。朝会で紹介された本も含めば、もっと珍種が登場する。おもしろそうだと、買ってはみるものの、とにかく話が各論過ぎて、全体感がつかめない。いったい何が当たり前で何が新しいのか、判断もできず、そのおもしろさを捉えられないまま、書庫に積み重なっていく。

本書はHONZで紹介され、ついついポチってしまったマニアックなサイエンス本が家に積まれている被害者におすすめの一冊、生物と環境の関係性をマクロで捉えており、全体感をつかめる。意外な事実や新発見が登場する本ではないが、生物進化、生物地理学、個体群生態学、群集生態学、生物多様性、行動生物学などを章ごとに体系的に理解できる。

また、HONZで御馴染みの新刊が待ち遠しいジャレド・ダイヤモンドや、島全体に殺虫剤を撒くという、今では考えられない大規模実験を行ったE・O・ウィルソンに触れたコラム、特設のfacebookページもあり、著者に疑問をぶつけることもできる。これで、1500円はお得だ。

子どものころから、自然や身近に暮らす生き物が大好きで、道ばたの雑草やザリガニを釣って成長した著者は、20代半ばまでは大学で専門知識を身につけることもなく、地元でくすぶっていた。ごく平凡な自然愛好家の一人だった。

しかし、根っからの凝り性の自然オタクであり、飽くなき探求心を押さえ込めずに、貯金をはたき、アメリカの大学に留学し、生態学を学びはじめた。研究にのめり込み、大学院(ハーバード)で博士号をとり、論文が「Nature」に掲載されるまでになった。

そもそも生態学(エコロジー)は、生物が環境から影響を受けたり、逆に生物が環境に影響を与える、その相互作用を学ぶものだ。生物学の一分野ではあるが、分子生物学や生化学などの個体より小さいものを扱う分野に対して、生態学は食物連鎖や群れのルールなど、個体同士の関係をマクロ視点で捉える領域である。

「エコ」の語源としても有名であるが、そもそもの語源は、ギリシャ語で「Oikos」、経済学(エコノミー)の語源と同じであり、生態学はドイツの動物学者ヘッケルにより、「economy of nature(自然のなかでの経済学)」と定義された。

自然愛好家から一転、現在は大学で生態学を教える著者が書いた文章は、20代半ばまでの自然愛好家の目線と、それ以降の生態学の専門家としての経験を活かして、ぼんやりした生態学を徹底的にわかりやすい言葉にまで、噛み砕いている。

その一方で、中学レベルの数学を使っての分析も充実しており、言葉だけでは理解しにくい生物の行動をモデル化した数式とグラフを利用し、説明する。数学はもとより、科学全般への苦手意識がある人でも読みやすいよう、ゆったりとしたペースで、数式1つ1つを懇切丁寧に説明する。

地球温暖化に深く関係する炭素循環も、モデル化された数式で考える。植物はどんどん光合成をして二酸化炭素を吸収してくれるが、その一方で土壌炭素を呼吸によって分解する微生物が存在し、二酸化炭素をほぼ同じ分量を排出する。そのため、安定した森林では、炭素のインプットとアウトプットが釣り合っている。地球温暖化の要因のひとつである化石燃料から生じた二酸化炭素は、森林では吸収しきれない。丁寧に考えていけば、当たり前なことだと思えてくるが、わかりやすい言葉と簡単な数式での説明が、科学的思考へと導いてくれる。

ちなみに、著者は炭素循環の研究の最前線にいる。環境に応じて植物の成長度をコンピュータシュミレーションを使って研究し、将来の気候に対する森林の変化を予測している。特にアラスカ・カナダ・シベリアなどの、寒い地域の低湿地に大量に蓄積されている泥炭に着目している。このまま地球温暖化が進行すると、寒い地域の微生物が活発に活動し、泥炭が分解され、固定されていた二酸化炭素が放出されることが懸念されている。著者の詳しい研究内容はこちらから覗くことができる。

「人々にとって『得になる』から自然を守ろう』というコンセプトである生態系サービスは、「自分だけが損をするのはいやだから」という心理から生まれる共有地の悲劇を例に、ケンカをせずに環境を守るための方法論として紹介されている。自然の恵みを系統的にまとめ、人間と自然との関係性を具体的に示し、可能な限りお金の価値基準に換算する。

聖人君子による自己犠牲だけでは、成り立たない自然保護を、感情的なプロパガンダで煽動せず、善悪のイデオロギーに捉われず、冷静に議論し、前向きに進めるために、サイエンスの基礎知識は欠かせない。

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日本にとって、より長期的で深刻な悪影響があるのは国民の科学技術への関心度の低さだという成毛眞のレビューはこちら

ビジネスのバズワードになって久しいエコシステム・生態系であるが、その中でも興味深く読めた本。なお、キーストーン(種)とは、生態系において比較的少ない生物量でありながらも、生態系へ大きな影響を与える生物種を指す生態学用語である。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
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