『兵士は起つ』自分は自衛官なのだから。

鰐部 祥平2013年03月11日 印刷向け表示
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兵士は起つ: 自衛隊史上最大の作戦
作者:杉山 隆男
出版社:新潮社
発売日:2013-02-18
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「兵士シリーズ」はノンフィクション作家、杉山隆男の代表作とよべる作品だと思う。著者は戦後、日米同盟に守られながら平和を享受する日本で自らの存在を否定する憲法の下、日陰者として生きる自衛官を追い、国防の現場へと踏みこんで行く。ときレンジャーの訓練に同行し、また潜水艦や哨戒機、F15という軍事機密の塊のような兵器に乗込み、多くの自衛官の生の声を私たちに届けている。

シリーズが進むにつれ、当初は日陰者であったはずの自衛隊がまるで硝煙に導かれるがごとく、より先鋭化していくようすがわかる。シリーズ第4弾『兵士に告ぐ』では数度の海外派遣などを経験し、さらに米軍と協力し高い戦闘力を身につけながら実戦的な軍事組織へと、本格的に舵を切り始めた自衛隊の姿がをうかがうことができる。

この「兵士シリーズ」は5作目の『「兵士」になれなかった三島由紀夫』で完結している。だが、戦後日本が受けた最大の有事、東日本大震災が発生したことにより、復活することになった。『兵士は起つ』は自衛官からみた震災のドキュメントだ。読み進めるには辛い部分もある。だがこの国で、あの時に何が起きていたのかという事から目を背けることは許されない。そう思いながらページをめくった。

3・11は千年に一度の大地震と言われている。数々の災害派遣を経験した自衛隊にとってもやはり、未曾有の出来事であった。あまりに震災の規模が大きいため、通常は災害派遣の命令を受けることのない精鋭軍団、第一空挺団までもが派遣されたのだ。まさに総力戦となっていたことがこのことからもわかる。だが、本書で多くのページが割かれているのは震災があった地元、宮城県多賀城市にある多賀城駐屯地に駐屯する第22普通科連隊である。

実は多賀城駐屯地は自らが津波に飲み込まれた、被災部隊でもある。地震発生直後に國友連隊長は迅速に行動し、直ちに災害派遣部隊を出せるよう準備を始める。だが派遣直前に押し寄せた巨大津波に派遣車両は駐屯地ごと飲み込まれてしまう。通信手段も失い孤立する連隊だったが、それでも國友連隊長の勇断により22連隊は災害派遣へと乗り出していく。

自衛官は震度6以上の地震が発生した場合、「別名なくば駐屯地に急行せよ」との行動基準が定められており、駐屯地を留守にしていた隊員達は個別に駐屯地に急行する。その途中でいく人かの自衛官は津波に襲われている。そのひとり、34歳の上原中隊長は凄まじい流れに飲み込まれ、自らが溺れ死にそうになりながらも、少年と女性を救助している。また有馬二曹も自らが津波に翻弄されながらも、溺れかけていたおばあさんと仲間である自衛官を助け、民家の二階に泳ぎ着く。そして木材を束ねた即製の筏で、漆黒の闇が覆う濁流の中へと漕ぎ出し住民達の救助に邁進するのだ。

津波の水は氷水のように冷たい。そのうえ、追い討ちをかけるように雪が降りしきる中で、自らの命を顧みることなく救助にと邁進する彼らに共通する思いは「自分は自衛官なのだから」と言う言葉だ。この言葉は本書に幾度か登場する。戦後、日陰者として、時にあからさまな職業差別を受けてきた彼らにとって、どれ程の重みと矜持を込めて語られている言葉かは、この「兵士シリーズ」を読むとよくわかる。上原中隊長は災害派遣から一次帰宅したさい、

妻に「自分より、国民の命だ」と口にしている。それは平時に口先だけで語られる言葉ではなく、未曾有の震災のなか行動で示した真の言葉だ。

多賀城駐屯地の隊員は多くが地元出身者だ。彼らの多くは震災発生以来まったく家族と連絡が取れないまま、災害派遣へと送り出されている。隊員の中には集落が壊滅してしまった地区出身の者も多数いた。しかも、派遣地は自宅から車で数十分の場所。多くの隊員が家族の安否を確かめるため、駆け出したい思いを堪えて任務にあたっていたのだ。

また若い隊員にとっては初めての災害派遣であり、遺体と対面するのも初めての経験でもある。19歳の早坂士長は電柱に宙吊りになった男性の遺体を目にしその姿が毎夜、目の前に浮かぶことに苦しめられる。それもそのはず、彼はつい1年まえまで普通の高校生だったのだ。だが次々と見つかる遺体も、誰かの家族なのだ。ご遺体を家族にお返しするのだ、と考えるようになってからは、遺体に対する考えが大きく変わったと言う。

隊員の多くが最も堪えたのは、幼い子供の死だ。上原中隊長は津波で破壊された家屋の中で、幼い姉妹と母親の遺体を発見し、その場にいた部下とともに声を上げて泣いた。このような過酷な捜索活動と安否不明の家族、いつ終わるとも知れない凍てつく泥水との格闘に隊員の精神と肉体に疲労が澱のように溜まる。そんな彼らを支えた思いがやはり、「自分は自衛官なのだから」という言葉と、そこに込められた使命感であった。

敗戦と占領から生まれた戦後社会は、その根幹に大きな矛盾を抱えたまま出発した。その影響をもっとも受けてきたのが自衛隊ではないだろうか。自衛隊の存在は、それを語る者のイデオロギーによって常に大きく左右される。この「兵士シリーズ」を読むとそのような見方とは違う彼らの姿が見えてくる。冷静に自分たちを見つめ、控えめながら自己の職務に打ち込む、プロフェッショナルとしての自衛官の姿。そして個人と自衛官としての狭間で葛藤する若者達の姿だ。これは長きに渡り自衛官に寄り添いながら取材をしてきた著者だからこそ、引き出せた彼らのリアルの姿なのだろう。 

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