『敗者』新刊超速レビュー

2013年3月6日 印刷向け表示
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敗者

作者:松山 ケンイチ
出版社:新潮社
発売日:2013-02-28
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日本人ほど日記を書くのが好きな民族はいないという。確かな情報ではないが、ネット上のブログで使われている一番多い言語は日本語だとか。また私たちは、日記を読むことも好きだ。人の秘密を除いているような、その人の本性を暴くような、そんな興味を持って読んでいく。

 

松山ケンイチという俳優がいる。3月5日で28歳になった。昨年のNHK大河ドラマ『平清盛』の主演である。この大仕事は自ら名乗りを上げて引き受けた。2010年のことである。翌年、大震災が起こり、居ても立ってもいられず東北にボランティアに行き、女優の小雪と結婚する。

 

“わい”という一人称で綴られていく日記は、震災の当日から始まる。あの日、東京で電気がついた人は誰もがそうであっただろう、テレビの前で津波に流されていく東北を見続けていた。松山ケンイチは青森生まれ。

 

8月から『平清盛』の撮影に入った。1年間、64歳で死ぬまでの清盛を演じる。

 

日記は正直に書くものだとは思わない。たとえ人に見せないものであろうと、人は飾る。自分に向かって見栄を張る。しかし語りたいから日記を書く。そこには間違いなく一片の本意が隠れている。それを読みたい。

 

役者という種族は語りたがりが多いように思う。自分とは違う人間を演じるのには、大きなストレスがかかるだろう。そのストレスさえ楽しいと感じ、四方からかかる重圧を押しのける強さが、演技のすごみになるのだ。27歳、若手俳優と呼ばれる松山ケンイチが、清盛を演じようと大きく気負う。その青臭さがたまらなく新鮮だ。

今回の平清盛は今まで描かれてきたものとは違い、この世に生れ出てきたところから描かれる。誰も見た事のない清盛になる。(中略)

今考えている演技の方向性としては、三船敏郎さんや仲代達矢さん、勝新太郎さんが演じた役のような、生のエネルギーに満ち溢れているような人物像にしたいと思っている。

 

しかし長い時間、撮影をしていると、ふと付きまとってくる魔があるという。

撮影に慣れてきた頃にやってくるその魔は、気が付かない間に演技に向けられた熱を静かにゆっくりと少しずつ削り取っていく。(中略)熱を奪われていった先にあるものは、緊張感のない馴れ合いである。

この「中だるみ」という魔に陥っている事に気づいた。いつからなのかわからないが、多分随分前からそんな精神状態になっていたのだろう。(中略)気づいたということは、もう中だるみから脱したという事だから。

5章に分かれた本書は『平清盛』の撮影に沿って書かれていく。撮影は放映日のものを続けて撮るわけではなく、何日かの分を行ったり来たりして進む。時には自分が殺した相手と、もう一度遡って演技しなければならない。嫌なシーンははっきり嫌だと日記には書かれている。多分、撮影現場では何事もない顔をしていたのだろう。たいへんだ。

 

タイトルの『敗者』の意味はあとがきに書かれている。独身だった男が結婚し、28歳の今では息子と娘、ふたりの父親である。大河ドラマの1年がどんなに過酷なものなのか、それは経験した者しかわからないだろう。文章は決して上手ではない。思いを伝える語彙も多くない。しかし、この日記は読む者の腹の中を熱くする。清盛の何かが松山ケンイチに乗り移った。そういわれる役者になるだろう。いや、なるに違いない。

謎とき平清盛 (文春新書)

作者:本郷 和人
出版社:文藝春秋
発売日:2011-11
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この大河ドラマ、HONZでは麻木久仁子が絶賛していた。本書はこの作品の時代考証をつとめた人。

 

 

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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