『少女の私を愛したあなた 秘密と沈黙15年間の手記』 成就できない愛、そして執着

東 えりか2013年03月26日 印刷向け表示
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少女の私を愛したあなた: 秘密と沈黙 15年間の手記
作者:マーゴ・フラゴソ
出版社:原書房
発売日:2013-02-22
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この話が小説ならよかったのに。小説なら、おぞましいながらも美しい悲劇として描けるものを。

7歳の夏、著者のマーゴ・フラゴソは彼女が育ったニュージャージー州ユニオンシティのプールで51歳のピーター・カランに出会う。精神の病を抱える母と、その母と娘を養うために働く父、ルイ。しかし口を開けば罵倒しかできない父親から逃れるため、母娘は逃避先を探していた。偶然出会ったピーターは親切だった。彼の家に招かれると、そこは動物たちの楽園だった。ゴールデンリトリバーとコリーのハーフ犬、ポーズに心を奪われ、珍しいオウムやワニに興味を示すマーゴ。家の中で怯えながら過ごしていた母、キャシーはピーターの前では寛ぎ、夫の暴力や自分への仕打ちを告白できるのだった。

しかしその家はピーターのものではなかった。同居してるイネスというヒスパニック系女性とそのふたりの息子のもので、ピーターは元錠前師の器用さを重宝がられ、居候さながらに暮らしているにすぎなかったのだ。収入は退役軍人年金。紳士的な振る舞いは彼女たちを安心させ、シェルターとして逃げ込む場所になっていく。

夢見がちの少女だったマーゴは、やがて頭の中で物語を紡ぎ始める。7歳のときは「デンジャー・タイガー」という人々を助けてまわる、翼の生えた虎の物語だった。マーゴは主役のタイガーで、ピーターはその他の役をすべて担った。しかしそのとき、ピーターはマーゴにとってデンジャー・タイガーその人だったのだ。

しばらくして、マーゴが8歳になったころから、ピーターは愛をささやき始める。

「8歳は女の子が一番きれいな年だ」

「でも、君が大人になっていくのを見るのはつらいな」

小さなわがままを聞いてやる代わりに、ピーターは自分のペニスを舐めてほしいと懇願する。小さな女の子が誠実さを見せなければならないように、巧みに誘導していく。大好きなピーターに嫌われたくない一心で、マーゴは心を決める。

間に2年の空白を置いて、彼らの交際はピーターが自殺をするまで15年に及んだ。マーゴはその交際の過程を、主観だけで書き切った。ピーターはペドフィリアと呼ばれる児童性愛者であったが、マーゴと母の守護者でもあったのだ。父親の暴言は聞くに堪えず、ふたりの人格を否定し金銭的にもすべてを操ろうとする。精神を病む母は入退院を繰り返し、マーゴは学校に適応できない。自分はダメな子だ、醜い子だと思い込むのを、ピーターは傅(かしず)くように崇め奉る。それがマーゴにとって当たり前になったころ、彼女は大人になった。

女は小さいころから悪魔のようなところを持っている。自分を許してくれる男、甘やかしてくれる男、操れる男だと感じれば、いくら幼くても上手に媚を売り利益を得る。父親や大人の男から見れば、それはとても可愛いしぐさかもしれないが、少女を経験している女たちからみれば、ときに腹立たしく、ときに微笑ましい。母親同士が交わす「女の子はねぇ~」というため息にも似た会話は、やがて自分たちのようになってしまう、という諦めの言葉でもある。

マーゴも、そして、もちろん一緒にいた母親も、ピーターが尋常じゃないことはとっくに気づいていただろう。しかし自宅にいるより、ピーターの元にいることを選択したのは、それが自分たちの利益になるからだ。

後にわかる、ピーターの犯罪歴はそういう女性の心理を利用した狡猾なものだ。社会はそれを見過ごさず断罪した。しかし、少女しか愛せない、あるいは少年しか愛せない人間は存在してはいけないのか。暴力や虐待による性的な無理強いが犯罪であるのは間違いないが、では、そこに運命的な出会いがあったらどうなのか。ピーターは8歳のマーゴに「愛している」とかき口説く。読めばそれは虫唾の走るような行為だが、真実の吐露であったのではないか、と考える私は甘いのだろうか。

本書のなかでもナボコフの『ロリータ』やマルグリット・デュラスの『愛人』、アン・ランブリング『ベリンダ』のような少女と年上の男性との愛の物語をむさぼり読む光景が描かれている。とくにブルック・シールズ主演の『プリティ・ベイビー』では、自分たちと重ね合わせ、ラストシーン手前でピーターは泣いたという。

プリティ・ベビー [DVD]
監督:ルイ・マル
出版社:パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
発売日:2008-06-20
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マーゴ・フラゴソはいわゆる“サバイバー”である。劣悪な環境を生き抜き、その体験と心境を激高することなく、淡々と語っていく。15年の間、ピーターとの間には間違いなく信頼があった。男の見せる弱さ、自分の打算、両親の狂気も彼女の眼を通してどう見えていたか、固く美しい筆致は最後まで乱れることはない。この作品はノンフィクションでありながら、すでに文学作品でもあると言える。「デンジャー・タイガー」から始まった虎のモチーフは、年齢とともに姿を変えるが、彼女の物語の真ん中にいつも座っていた。

彼女は小説家として歩き始めているらしい。新しい作品に何を選ぶのか、興味をもって待ち望みたい。

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からのゆりかご―大英帝国の迷い子たち
作者:マーガレット ハンフリーズ
出版社:近代文藝社
発売日:2012-02-10
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激しい児童虐待が行われた児童移民。レビューはこちら

帰りたくない―少女沖縄連れ去り事件 (新潮文庫)
作者:河合 香織
出版社:新潮社
発売日:2010-05-28
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謎の多い事件だが、少女のしたたかさに驚かされる。

夢のなか―連続幼女殺害事件被告の告白
作者:宮崎 勤
出版社:創出版
発売日:1998-12
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日本の幼児虐待、連続殺人といえばこの事件。本人の手記が話題になった。

ツ、イ、ラ、ク (角川文庫)
作者:姫野 カオルコ
出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日:2007-02-24
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小説を一冊。運命の人に出会ったのが早すぎた。めくるめく愛の物語。

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