『天才が語る』

高村 和久2011年02月11日 印刷向け表示
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天才が語る サヴァン、アスペルガー、共感覚の世界 『天才が語る サヴァン、アスペルガー、共感覚の世界』 ダニエル・タメット(著) 古屋美登里(訳) 講談社 (2011/02/01)

本書、原題は「Embracing the Wide Sky」という。こちらのほうがしっくりくる。

天才が語るなどと言うような作者ではない。脳に青空が入るように書かれた本である。

できたら、前作『ぼくには数字が風景に見える』から読んだら良いのではないかと思う。こちらの原題は「Born on a Blue Day」だ。

ダニエル・タメットはサヴァン症候群・アスペルガー症候群で、「共感覚」の持ち主だ。数字を見ると、その数字に対応する形や色や動きが伴ってくる。例えば、“1”という数字を見ると、懐中電灯で目を照らされた感じがする。“5”を見ると雷鳴の音がする。“89”では舞い落ちる雪が見える。

この感覚を使って計算ができて、2つの数字を見た時に出てくる図形を組み合わせれば答えが出せる。2004年には円周率を22514桁まで暗唱してヨーロッパ記録を作った。数字の連なりは風景に見えるのだ。確かに天才である。計算だけではなくて、例えば英語の他に10ヶ国語を話す。自分で「マンティ」という言語も作った。

本書は、その彼が脳について調べたことを書いた本である。今や希少な研究対象となり、世界中の研究者と会っているために最前線の話題には事欠かない。また、当然ながら、本人もなぜ自分が違うのか興味を持ち、意見を持っている。結果的に、本書は素晴らしい脳科学のレビューとなった。

彼が優れた能力を示す、記憶・言語・計算の分野に関して詳しい説明があるのはもちろんであるが、加えて、創造性・情報過多時代の情報との関わり方・論理的な考え方、等の有用な情報が提供される。良い本にしたいという気持ちが紙面から滲み出す。

研究が仕事ということになっているので(実際はそうでもないのだけれど)、創造性に関するパートはとても興味深かった。共感覚こそが創造性研究の手がかりである、というのである。

創造性は、規則に従って結果にたどりつくのではなく、規則を曲げたり壊したりすることで発揮される。つまり、探偵がひらめく時のように「ほんとうにそうなの?」と不安になるような論理によって発見が引き起こされるのだ。論理を確認する作業はその後に続く。「アブダクション」である。

脳の中の過剰な結合がこれを引き起こすが、それは共感覚の仕組みに支えられているという。一説によれば、知識は脳の新皮質に階層状に蓄えられる。たとえば、「猫」がどのような姿形をしているか、その記憶はまとめて蓄えられることはない。毛並みや足、耳の形といった、視覚的にあまり重要でない要素は、新皮質の下のほうに蓄えられ、顔の形や体つきといった重要な要素は上のほうに蓄えられる。

このようにする利点は、新しい事を学ぼうとするときに、以前に学んだ下のほうにある知識を再利用できることにある。猫についての知識を持っていれば、犬について学ぶときに時間と労力がかからない。オブジェクト指向プログラミングのようである。特徴別に階層化された知識同士の繋がりを、脳は常に更新している。そして、繋がっていなかった部分同士がバババッと過剰に繋がると、これは新しい!となるのだ。文字を見たら色が見えたように。共感覚は誰もが持つ重要な機能である。

脳の研究対象となっている著者が脳について書くという状況はなんだか不思議だ。

本書は脳に関する知識をいろいろと教えてくれるが、前作に書かれているように、その内容が著者の人生に大きな影響を与えてきた。空気が読めず、論理的でない話が全く理解できなかったり、あまりに緊張してパニックになったり、架空の友人を創造して会話したりするのはどんな感じだろう。図書館や校庭でじっとしていた作者は、遂には一人でリトアニアに行き、ボランティアの英語教師をするようになった。大冒険である。勇気は脳のどこにあるのか。

翻訳の古屋さんが言うように、率直で真摯な語り口は変わりないが、本書はより迷いが無い文章になった。彼が好む静かな暮らしがそれを実現させているのだろう。そういう意味では、本書は彼の周りにいる人との合作とも言える。

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