『閃け!棋士に挑むコンピュータ』

高村 和久2011年02月20日 印刷向け表示
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閃け!棋士に挑むコンピュータ 『閃け!棋士に挑むコンピュータ』 田中徹・難波美帆(著) 梧桐書院 (2011/02/10)

人生で最初に将棋が流行ったのは小学校時代だった。その頃には生存本能をフルに発揮できるようになっており、自分が将棋できっと負けるであろう事が事前に察知できた。そこで「4八金」と「4九金」を交互に打つ「金上げ下げ」という新技を編み出したりしたが、そのような無駄の美は理解されず、私の将棋人生は現在に至るまで不遇なのである。最近の人はパソコンが相手してくれるからいいよね。

そんな自分が本書にあれこれ言うのもなんであるが、とりあえず、世界は足し算と掛け算でできていると思う。大事なのは掛け算だ。ケタが違うからだ。半導体チップに含まれる回路の規模が、およそ18ヶ月毎に2倍に掛け算されてきたのは有名な話である。今回、清水棋士と対戦した「あから」に至るまで、コンピュータの信号処理能力は、5年で10倍、10年で100倍になってきた。倍々の掛け算の威力だ。このペースが続いたと考えれば、今の携帯電話の信号処理能力は、40年前のアポロ計画の頃より1億倍高性能だ。この有り余るコンピューティングパワーを画像圧縮や誤り訂正にフルに活かして、月面探査機ではなく、あなたが撮った逆ピースが送受信されているのである。これこそ無駄の美ではないか。

掛け算は他にも至るところにある。例えば、Webサイトのつながりは、有名なページに多数のページがリンクし、その下にさらにページがリンクするという「倍々ゲーム」の階層構造だ。このようなネットワーク構造の「スケールフリー性」は、結果的に「べき乗分布」を生み出す。会社の組織も、典型的には1つの部に複数の課がぶら下がっており、組織が拡大する時には、課が部になり、そのまた下に新しく課ができる。

流行になったり人気がなくなったりするプロセスが「倍々ゲーム」になっているということは、結構重要だと思う。仲間ができて、その人がまた仲間をよんで、とやっていけば、マニアックなものだってあっという間に成長するということだ。清水棋士が「あから」と対戦したことで、また違ったファンを得られたに違いない。地元の子供向け将棋教室もやっているそうである。このような活動がいつ花開くかわからない。いつの日か、アイロンがけみたいに「エクストリーム将棋」が流行るかもしれないではないか。知性を鍛えるツールとして学校のカリキュラムに入るかもしれないではないか。コンピュータが賢くなったら、隣に置いて使えばいいのだ。

話は変わるが、世界はストックとフローでできていると思う。

「あから」でも使用された「ボナンザ・メソッド」とはつまり、過去の名人達が生みだした定跡を全部インプットし、それに一番似た打ち方になるように最適化するアルゴリズムである。定跡に似るようにするためには膨大な処理が必要だが、それにしても、なにより定跡のストックが重要なのは明らかだ。清水棋士が戦ったのは、過去の名人達なのである。一方、ストックに対するフローというと、「閃く」信号処理ということになるだろうか。そちらに関してはまだまだのようである。表紙のツルツルのロボは全然閃かなくて困っているのだ。そう思うとそのように見えてくるのが不思議だ。

でも、不完全であることは重要で、未熟であること自体が将来のストックとなるフローの存在を意味している。完全であるということは枯れているということだ。コンピュータに知性を与えたくて、やっぱり体がないと!と言ってロボットを作ったり、創発を期待してゲルを振動させる話が出てくるが、そういう努力ができることが知性なんじゃないだろうか?清水棋士は「あから」に負けることで未熟を得た。これからまた成長されるのではないか。少なくとも将棋がより楽しくなりそうだ。…などと、偉そうなことを言ってみたりして。そんなこと言う前に、まずは私も「ボナンザ」をやってみようか!

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