『サルファ剤、忘れられた奇跡』 新刊超速レビュー

村上 浩2013年03月31日 印刷向け表示
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サルファ剤、忘れられた奇跡 - 世界を変えたナチスの薬と医師ゲルハルト・ドーマクの物語
作者:トーマス・へイガー
出版社:中央公論新社
発売日:2013-03-08
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知的興奮と驚きの事実に満ちた素晴らしい本である。一度読み始めたら、読了するまで眠ることができなかった。こんな本を読みたくて、こんな本を紹介したくてHONZをやっている。「よし、誰よりも早くレビューを書こう」と思ったところで仲野徹がみっちりとレビューしているところに気がついてがっくりきたが、どうしても自分でも紹介したい本なのだ。

本書の主役であるサルファ剤は、数え切れないほど多くの人の命を救った。その発見の物語は、人類は化学の力で厄介な病を克服しうるということ、革新的な医薬品は企業に大きな利益をもたらすことを証明した。成功がもたらした多くの類似品とその副作用は、取り返しのつかない悲劇と、より安全な医薬品を生み出すための法律を誕生させた。そして、その発見から70年以上が経過したこの奇跡の薬のことは、すっかり忘れ去られてしまっている。

本書は、世界初の抗生物質*であるサルファ剤の発見者、ゲルハルト・ドーマクの人生を中心に語られていく。著者は、多くの文献やドーマクが使っていた実験ノートをもとに、この奇跡の発見がどのように成し遂げられたのかを克明に再現している。彼らが研究に捧げた時間、資金、そして努力と情熱を目の当たりにすれば、その発見は奇跡などではなく、必然だったとすら思える。何しろ、ドーマクの研究室のクラレルは最盛期には、8ヶ月で66個もの新しい化学物質を合成したという(単純な構造の物質だったとはいえ、これは驚異的な数である)。

医薬品が中心に据えられ、医学や化学の話題の多い本書であるが、その内容はサイエンスの枠だけには収まりきらない。ドーマクの研究がどのように行われたかは、彼が所属した超巨大企業体IGファルベンの組織と戦略を考えなければ理解できない。そして、IGファルベンを理解するためには、なぜイギリスのような植民地を持たないドイツが化学業界で世界最先端を走っていたのかを考えなければならない。そこには、奇跡を追い求めた科学者たちの人生、野心に溢れる企業家の思惑、ナチスのもたらした悲劇が複雑に絡み合っている。

科学者がどれほど象牙の塔にこもろうとも、サイエンスをサイエンスだけで存在させること、社会から完全に切り離すことなどできはしないのだと痛感させられる。著者は、サイエンスから政治・経済、戦争にまで多岐に渡るテーマを巧みに1つの物語としてまとめあげている。難しい構造式など登場しない本書を、サイエンス本が苦手だからと敬遠するのは、あまりにもったいない。

*サルファ剤は微生物由来でなく、人工的に合成されたものであるため、厳密な「抗生物質」の定義には当てはまらない。しかし、著者は「人体に大きな害を与えることなく体内の細菌だけを選択的に殺す物質」を広義の抗生物質としてとらえ、サルファ剤を「世界初の抗生物質」と表現している。

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