『歴史を変えた外交交渉』と『戦争学原論』 争わないための知恵

村上 浩2013年04月02日 印刷向け表示
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歴史を変えた外交交渉
作者:フレドリック スタントン
出版社:原書房
発売日:2013-03-21
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1904年2月8日、旅順港外での日本海軍によるロシア艦隊への奇襲攻撃によって、日露戦争が開戦した。多くの犠牲者を出しながらも終わる気配を見せない戦闘は、次第に激しさを増していく。ロシア相手に勝利を続ける日本であったが、大国相手に長期戦を戦い抜くほどの力は備わっていなかった。また、国力で優りながらも連敗を続けるロシアも、戦闘が長引けば、既に失ってしまった面目以上のものを失うことは明らかだった。

開戦から1年と少々が経過し、これ以上戦争を続けるメリットを見出すことは両国ともに難しい状況となり、双方とも終戦への道を模索していた。それでも、一度動き出した戦争を終わらせることは、それを始めるよりもはるかに複雑なプロセスを要する。この戦争がどんな結末をもたらすか、もはや誰にも予想ができなくなっていた。

そこへ、日露戦争がヨーロッパを巻き込んだ世界大戦に発展することを危惧したローズヴェルト米大統領が、講和交渉の仲介を申し出た。しかし、講和交渉はそのスタートを切る前から暗礁に乗り上げそうになる。なんと、交渉の開催場所に合意するためだけに、2ヶ月もかかってしまったのだ。開催前のゴタゴタから予想されたように、この交渉は混迷を極めた。

アメリカ合衆国の斡旋により1905年ポーツマスで講和条約が結ばれた

もういちど読む山川世界史』では、この交渉の顛末はこのようにまとめられている。しかし、教科書に記された一行だけでは見えてこない、知るに値する物語がこの交渉の裏側にはある。

あまりにも食い違う双方の要求に、仲介役を買って出たローズヴェルトでさえも、一度は本気で交渉決裂を覚悟した。ロシアは戦闘の再開に備え始めていた。しかし、小村寿太郎率いる日本の交渉団は、株価が暴落し、暴動が起こるほど国民を憤慨させたポーツマス条約に、最終的には合意した。彼らは何を求めて交渉に臨み、どのように争い、そして、合意に至ったのか。細やかな事実の積み重ねで、そのすべてが明らかにされていく。

本書では、当時の緊迫した外交交渉の現場が臨場感をもって再現されている。読み進めているうちに、まるで自分が議論が行われている会議室に迷い込んだような感覚すら覚えるほどだ。いつの間にか背筋が伸び、手は汗ばむ。本書では、上記のポーツマス条約も含めて、8つの歴史を変えた外交交渉が以下のような章立てでまとめられている。それぞれが独立した構成となっており、興味のある章から読み始めることもできる。

第1章 アメリカ独立の舞台裏 1778年

第2章 ルイジアナ買収 1803年

第3章 ウィーン会議 1814年―1815年

第4章 ポーツマス条約 1905年

第5章 パリ講和会議 1919年

第6章 エジプト・イスラエル休戦協定 1949年

第7章 キューバ・ミサイル危機 1962年

第8章 レイキャヴィク首脳会談 1986年

著者であるスタントンのインタビューによると、8つのトピックは3つの条件を基に選ばれている。その条件とは、交渉の結果が現代の生活に大きな影響を与えていること、交渉のテーブルに着いた人物達がその結果を左右する能力を持っていたこと、交渉の状況を十分に再現できるだけの資料が存在すること、である。特に2つ目の条件が、本書をエキサイティングな読み物にしている。なぜなら、事前に落とし所など決まっておらず、交渉担当者の一挙手一投足がその結末を大きく左右しているため、「自分だったらどの様な手を打つか」を考えながら読み進めることができるからだ。

国の存亡を左右するような交渉であるため、その役割は時の首相や外相が担っていることが多いのだが、彼らとて私達と同じ人間である。真意を見せない相手に苛立ち、終わりのない議論に疲弊し、時には全てを投げ出しそうになる。それでも、あるのかどうかも定かではない合意に辿り着こうとする姿勢が、国の未来を思う強い意志が、彼らをゴールへと導く。

本書のテーマは外交交渉であるが、その失敗と成功のプロセスの詳細な描写は、ビジネス交渉の場面でも活用できるケーススタディ集にもなる。彼らほど入念な準備をしているだろうか、使える手段を全て使っているだろうか、安易な妥協で満足することなく要求し続けているだろうかと考えれば、いつもと違った打ち手が見えてくる。

外交交渉にはTPP交渉のように経済を主題としたものも多いが、本書の8つの交渉には全て戦争、軍事戦略が深く関係している(多くの場合、講和や休戦が主題である)。しかし、戦争というこの上なく重要であると思われるテーマを考える学問的土壌が日本には不足していると、『戦争学原論』は訴える。戦争をテーマとした多くの著作を持つ著者によるこの新作は、戦争を考えるきっかけを与えてくれる。

戦争学原論 (筑摩選書)
作者:石津 朋之
出版社:筑摩書房
発売日:2013-03-13
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この本では、「戦争とはなにか」という問いが多角的に論じられている。著者は、「戦争は学問たり得るか」という地点から議論をスタートしているので、戦争を考え始めるのにうってつけの一冊となっている。また、これまで戦争がどのように論じられてきたのかが、この分野の古典や名著の内容に沿って解説されており、本書は戦争をテーマとしたブックガイドとして読むこともできる。

戦争を考える上で、クラウゼヴィッツの『戦争論』を避けて通ることはできない。クラウゼヴィッツの死後出版された『戦争論』は、その誕生から200年が経過しようとする今でも検討に値する内容を多く含んでいる。しかし、その限界や問題点が指摘されている部分もある。例えば、クラウゼヴィッツは戦争を「外交とは異なる手段を用いて政治的交渉を継続する行為に過ぎない」と主張したが、これでは現代のテロリスト(やゲリラ)と国家との戦争を包括した表現とは言い難い。著者は、クレフェルトの『戦争の変遷』を中心に、政治の延長線上だけではない、戦争の多面性を考察している。

変わり続ける戦争とそれを取り巻く理論だが、変わらず議論され続けているのが、戦争の起源と原因だ。それはつまり、ヒトはいつから戦争をしているのか(起源)、なぜヒトは戦争をするのか(原因)という問いである。ヒトは、ホッブズが言うようにその誕生以来戦争し続けているのか、それとも、ルソーが言うように社会集団の成立が戦争をもたらしたのか。単純狩猟採集民を研究し、戦争の起源に迫るガットの大著『文明と戦争』を中心としたこれまでの議論を踏まえると、戦争根絶の可能性は低そうだが、「戦争は宿命である」との諦観には慎重であるべきだろう。

平和とは何か、戦争における勝利とは何か、また、戦争が果たしている機能とは何か。戦争学が扱うべき対象は実に幅広く、複雑だ。本書によると、英米では戦争学が1つの学問領域として確立しているという。戦争を語ることさえタブーになりかねない日本の状況とは対照的である。日本は憲法9条によって戦争を放棄しているが、戦争を考えることまで放棄してよいのだろうか。平和は、思考停止によってもたらされうるのだろうか。著者は、軍事史研究家リデル・ハートを引きながら、このように主張する。

「平和を欲すれば、戦争を研究せよ」

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なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか―PKO司令官の手記
作者:ロメオ ダレール
出版社:風行社
発売日:2012-08
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この男は最後まで諦めなかった、ルワンダを救おうと苦しみ抜いた、あらゆる手段を用いて交渉し続けた。それでも、悲劇を防ぐことはできなかった。ルワンダで起きた大虐殺をPKO部隊の司令官として目撃したロメオ・ダレールによる一冊である。どうすることもできない圧倒的な現実を、圧倒的なボリュームで描き出す。レビューはこちら

影響力の武器[第二版]―なぜ、人は動かされるのか
作者:ロバート・B・チャルディーニ
出版社:誠信書房
発売日:2007-09-14
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交渉に関する古典的名著。消費者はどの様に考え、どのように意思決定するのか。

文明と戦争 (上)
作者:アザー・ガット
出版社:中央公論新社
発売日:2012-08-09
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レビュー中でも紹介した、人間と戦争の根源的関係性を探る一冊。原始社会は、決してユートピアなどではなかった。上下巻で996ページという大著であるので簡単に読みきれるとはいえないが、読み始めるとのめりこむことは間違いない。レビューはこちら

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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
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