『ハウス・オブ・ヤマナカ』

鈴木 葉月2011年05月07日 印刷向け表示
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ハウス・オブ・ヤマナカ―東洋の至宝を欧米に売った美術商
作者:朽木 ゆり子
出版社:新潮社
発売日:2011-03
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今月は、美術商という名のunsung heroがテーマの一冊をご紹介します。

日本人は世界一の美術展好きである。2009年世界の美術展の入場者数ランキングでは、日本の施設が開催した特別展が、上位4位までを独占した。海外の有名美術館でも日本人観光客と遭遇するのはうなずけるが、なぜ欧米に日本・中国をはじめ東洋美術の名品が展示されているのか。メトロポリタン美術館、ボストン美術館をはじめ、そのコレクションはかなりの充実ぶりである。

そこで浮かび上がってくるのが、日本美術の評価と価値普及の立役者であるフェノロサや岡倉天心だが、実際の美術品売買に携わり、東洋の数々の名品を欧米に持ち込んだのは美術商・山中商会である。

山中商会がニューヨーク進出を果たしたのは1894年。万延元年(1860年)の日米修好通商条約、1878年の建国100周年記念フィラデルフィア万博で日本熱が高まっていたとはいえ、海外への渡航が困難な時代に言葉が通じない海外で日本の美術品を売ろうという発想と実行力に、創業者・山中定次郎の商魂を感じる。

山中は商才も備えていた。1898年にはボストンにも支店を構えると郊外に「実験的庭」を設え、盆栽・鉢植えといった日本的な観葉植物の競売を仕掛ける。1900年には大阪に工芸・家具製作工場を建設し、和洋折衷の「洋式家具」つまり室内装飾品・家具の製作・輸出に乗り出すとともに、ロンドン支店を開店。のちに大英帝国のロイヤル・ワラント(王室御用達)の栄光を授かることになる。

仕入の拠点も海外へ。1917年に北京支店を構え、中国にもネットワークを張り巡らしていく。1912年の辛亥革命後には北京の皇族・恭親王の邸宅と宝蔵庫数十棟の美術品を、書画類を除き全て買い取り、1913年にはニューヨーク、ロンドンで大規模競売を仕掛けている。こうして、東アジア芸術品ディーラー・山中商会の世界的名声はますます高まっていく。

しかし、戦局の悪化とともに潮目が変わる。日中戦争を機に中国での美術品調達・売買は難しくなり、アメリカでも保護主義政策から関税法違反の疑いをかけられ、ニューヨーク、シカゴ、ボストンの各支店に一斉に捜査の手が入る。第二次世界大戦の開戦でロンドン支店の閉鎖を余儀なくされている。

致命的だったのは太平洋戦争の開戦である。1941年4月の真珠湾攻撃の直後に前述の米国3支店は財務省により閉鎖。商品と店内の家具・調度を全て没収され、以後、APC(敵国資産管理人)の下、清算作業に入る。一斉競売を避け、店舗販売による再開店にこぎつけたことで一矢報いたものの、全財産の8割は海外にあると目される山中商会にあって、アメリカでの接収はその経営基盤を揺るがすに十二分であった。米で東アジア美術品が浸透する要の役割を果たし、日米親善の一端を担った山中商会も、末路の徹底的な解体プロセスは無惨としか言いようがない。

本書を通して見えてくるのは、歴史の転換期に美術品が国境を越えて移動する様だ。前述の辛亥革命や太平洋戦争のみならず、関東大震災や金融恐慌の日本経済混乱時には経営破綻の財閥系が私財を投げ出した。戦後には多くの美術館関係者やアメリカ人コレクターが来日し、旧家や蒐集家が敗戦を乗り切るために売り出した美術品を大量に買い上げている。

美は富とともにあり。経済成長を遂げる中国に世界有数のコレクションを誇る美術館・蒐集家が現れたとき、新たにどんな美術品の価値が見出されるのだろうか。

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