『純減団体』書評

土屋 敦2011年01月26日 印刷向け表示
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年明け早々、極めて印象深い、奇妙な本に出会ってしまった。


純減団体-人口、生産、消費の同時空洞化とその未来
近藤修司
新評論
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本の題名にもなっている「純減団体」とは、死亡数が出生数を上回り、同時に転出数が転入数を上回っている地方自治体のこと。少し大げさな言い方をすれば、住民が続々と死に、子どもは生まれず、人々が次々に出てゆき、また新たに引っ越してくる人が少ない町、という感じ。まさに廃れ寂れ、希望の見えない市町村のことだ。

日本の全市町村1844団体中、1274団体、およそ7割で人口減であり、うち1023団体、すなわち5割以上がが純減団体。単位を市町村から県に移すと、例えばもっと人口が減っている”純減県”である秋田県が、現在のペースで人口が減り続けたら2014年には、20002年に比べ人口の一割が失われてしまう。

著者は人口に関する様々な統計資料を執念を持って徹底的に調べ上げる。そして、日本のすべての市町村に関して、年齢別の人口、業態別の就業者数、出生数、転出入数などをもとに、詳細なグラフや分布図を作り上げ、人口減少の原因と多くの地方自治体が純減団体に成り下がってゆくプロセス、そして希望を見出すのが実に難しい日本の未来を明確に示してゆくのだ。

そういった大まじめな本であることを一応記した上で、この本の奇妙さについて言及したい。

まず第2章の冒頭、ちょっと長いが引用する。

読者におかれましては、まず本章を読み飛ばしてお読みいただくわけにはいかないだろうか。本章は起承転結の「承」にあたり、前章で語った内容について、その原因の構造を解説することを目的としている。(中略)しかし、ここに問題がある。面白くないのである。何せ、書いた本人が言うのだから間違いがない。面白くないどころか、多くの読者には苦痛を強いることになると筆者は確信している。(中略)しかも筆者はくどい性格であるため、これが大いに災いしているのが本章と言える。

著者の言う通り、まずは素直に読み飛ばすと、第3章の冒頭はこうだ。

大変遺憾ながら、内容のくどさと面倒な数値の解説に終始しているのは前章同様、いや、さらに磨きがかかっているのが本章であると言わざるを得ない。ここまで読み進んでいただいた読者に対して、峠はすでに越えて、ここからはなだらかな下り坂となると申し上げたいところだが、残念なことに本章こそが剣が峰となる。

章を二つも立て続けに読み飛ばすわけにもいかず、第2章に戻り、第3章まで読み進める。確かにくどい、数値がややこしい。しかし、しっかり読み込むと、地方における人口減少の、ほとんど絶望的とも言える空恐ろしい未来がまじまじと見えてくる。

さて、続く第4章の冒頭、著者は「峠を越えた」と書いていて、少しほっとするが、文章は以下のように続く。

今だから言えることは、本書において2章と3章は、言うなれば難関にして魔境とでも言うべき地帯であったということだ。読み進めるも地獄、されど、書くほうはさらに気鬱な章であった。(中略)通読いただいた読者には心よりお見舞いを申し上げて本章の検討を進めたい。

本を読んでいて著者から直接お見舞いの言葉をもらったのは初めて。もうこのあたりに来ると、こういった、著者独特の文章が気になり、むしろそちらを楽しむ気持ちになってくる。

そしていよいよ最終章、これまでの調査や推論をふまえて、著者から具体的な対策案が提示される。通常、こういった後半部は、未来語る自由さとあいまいさがあって、読み物としても面白いものになることが多いのだが、本書では、そうは問屋が卸さない。

著者の提案する「農業による地方再生」を達成するため、地方公務員の業務に、屋内圃場での農作業を加える。地域内の宅配便業者が高齢者宅に戸別訪問して野菜を販売する。採れたての野菜と、遠方から来たスーパーの野菜との味の違いがわからない住民が増えないよう食育を行う。農業技能トレーナーを育成する、などをまず提案。

そして一気に細部に入り、スターリングエンジンでのコジェネレーション設備の導入にはじまり、雨水を活用するが、ラジエータ内で目詰まりを起こさぬようフィルターを使用する。しかしフィルターは消耗品でコスト要因になるから木炭を砕いて自作するなど、徹底して細やかすぎる提案が延々と続くのだ。

その他、市町村議会の定例会を平日の夕刻や週末に変える、議員の定員を減らし議員報酬を日当にする、選挙では生体認証の投票機をレンタルで使うようにするなど、農業に関係あるの? というような行政自体の改革を細部にわたって言及したりもする。

その論法は、いわば、Aをするには、Bが必要。そのためにはCという制度にして、その制度を導入するにはDという思想を啓蒙しなきゃいけないし、あっ、それにはEをFに変えよう。ただしそうするとGという問題が出るから、それを解消するにはHが……。という感じ。そうやって自身の提案を突き詰めてゆくのだ。

ほとんど暴走とでも言うべき、徹底ぶりは一体何なんだろう。たぶん著者の性格、なのだろう。それまで日本中の村々に至るまでの統計調査に費やして来たエネルギーを、今度は提示する対策案にすべて注ぎ込んだということか。

ここまで来ると、もはや著者の(私にとっては)実に愛すべき、くどい人柄と、調査、執筆への執着と没頭ぶりを堪能することこそが、本書を読み進める楽しみとなる。本書はいわば、一人の男が、日本中の市町村の人口データベースを構築し、数値の意味を理解し、その構造を読み解こうと思い立ち、徒手空拳で膨大な統計資料に立ち向かい、それに身を捧げた軌跡なのだ。

ちなみにそんな彼の前に立ちはだかったのは平成の市町村大合併。データの継続性が断ち切られ、彼にとってほとんど呆然とする事態だったに違いない。それでも挫けず、持ち前の執着心と厚生労働省の人口動態調査の担当者をはじめ、各省庁、地方自治体への電話攻勢で、難局を乗り切る。おそらく、数十回では済まない彼の電話に対応し続けた各省庁の担当者も、この本の出版は感慨深く、また、これで電話がかかってこなくなるであろうことにほっとしていることだろう。

若干茶化した風な書き方になってしまったが、彼の努力は敬意に値し、データベースは有用で、また、地方の現状にかかわる分析と、時間的猶予は10年程度しか残されていないという予測は、おそらく間違いないものと思える。日本の未来の深刻さをデータで示した本書が、出版される意義のある本であることは、強調しておきたい。

誰もが読んで面白い本ではないので、積極的にすすめはしない。しかし、人口減少や地方経済の疲弊などの専門家、ジャーナリスト、あるいはその分野に特別強い関心のある人にとっては、著者が調べ上げたデータは確実に読む価値がある。

そして、地方都市に住むゆえに、その衰退を実感すると同時に行く末に関心を持ち、なおかつ奇書マニアである人が、私以外にこの世にいるとしたら、その人にだけは、強く強くおすすめしたい一冊だ。

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