『妄想かもしれない日本の歴史』

土屋 敦2011年03月11日 印刷向け表示
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きっかけは、『信長革命』。第一回本のキュレーター勉強会で、東えりかさんが「一押し」として紹介して下さって読むが、なるほど面白い。

桶狭間の戦いの奇襲や長篠の戦いでの鉄砲三段撃ちなどのいくさの天才ぶりや、エキセントリックな気性など、個人としての資質や性格が描かれてきたこれまでの信長のイメージとは違い、「まつりごと」の総合的な形を「安土幕府」として提示した、統治するものとしての信長を描いた作品だ。

信長革命  「安土幕府」の衝撃 (角川選書)
作者:藤田 達生
出版社:角川学芸出版
発売日:2010-12-25
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  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂

で、一気に歴史に興味が傾いて、サザンシアターで行われた、『閃け!棋士に挑むコンピュータ』の著者と開発者によるサイエンス・カフェを見に行ったとき、待ち時間に紀伊國屋書店新宿南店で見つけたのが、こちら。

購入して読んでみると、なんと偶然にも、これが『信長革命』の著者への批判が書かれている本だった。ちょっと地雷を踏んだ感じ。

内容は、基本的には「最も信頼のおける史料を見れば、戦国時代のいくつかの逸話や歴史上の陰謀論は嘘」で、"桶狭間の戦いも普通の戦略と偶然で勝った" "鉄砲三段撃ちも武田騎馬軍団もなかった” "本能寺の変陰謀論などとんでもない"  というような話になっている。

おそらく市井の歴史家として学者の世界から無視されたり、蔑まれたりしたことが多々あったことを感じさせる、恨み節めいた負の雰囲気を漂わせる著者の語り口はそんなに心地良いものではないが、その内容は、素人である私には、おおむね合理的に感じる本だった。

しかし、読みながら思ったのは、そうやって歴史の正しさを検証していくと、ずいぶん歴史はつまらなくなってしまうな、ということ。「信長って結構普通の人だったんだよ」と言われるより、「実はすごい革命家だったんだ」と言われたほうが、私のような読み手には楽しい。そう、実は人は、それが歴史的真実かどうかには、あまり興味がなかったりするのだ。だからこそ、司馬遼太郎は絶大な支持を集めるわけである。

桶狭間の闘いや武田騎馬隊と鉄砲三段撃ちなどが「正しい歴史」によって否定されるなら、逆にどうして、そういう説が生まれ、人々が支持し、廃れたり、広がったりしていったのか。そこに歴史のなかに生きる名もなき人々の心や気持ちがあるという意味では、歴史からさまざまな物語が湧き出て、消えてゆくことを追うことのほうが「歴史の真実」を探っていると言えまいか。

堺屋太一あたりが言い出し、彼が橋下徹に直接「平成の信長になれ」と大阪府知事選挙への出馬を促したた頃からだろうか、今、「革命家・信長」ブームである。正しいか、正しくないかは別にして、なぜ、そういう考えが今の時代に支持されるのか、知りたくなってくるのだ


そんなことを考えているときに出会ったのが、大学生の頃よく読んだのこの本。井上章一さんの本は久しく読んでいなかったが、相変わらず面白い(よく考えてみると、変わらず面白い、というのもすごいことだ)。

妄想かもしれない日本の歴史      (角川選書)
作者:井上 章一
出版社:角川学芸出版
発売日:2011-02-25
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  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂

厚い知識と調査、経験から抽出された軽妙な短文の歴史エッセーであり、それこそ妄想かもしれない奇説を検証すべく、日本中を訪ね歩いた現場主義のレポート。もちろん関西人として長年鍛錬してきた、ウケる技術も相変わらず抜群である。いやー、正しさを探る歴史論争より、楽しい楽しい。

井上さんは例えば、「義経=ジンギスカン」説の発展や東京の平将門の祟り伝承の変遷、西郷隆盛生存説に空海キリスト教説、全国各地の小野小町伝説などを軽やかに追う。そしてそれが生まれた背後のシステムや人々の気持ちを探り、「歴史のファンタジーに遊ぶ楽しみ」のなかから真実を見出そうとするのだ。

信長に関しては、戦いの前の「敦盛」の舞いがテレビドラマのように劇的ではなかった可能性や、安土城天守閣が宣教師経由の西洋建築であったとする説などを紹介している。

歴史の常識として語られてきたことを否定するエッセーもある。例えば、教科書で教わった、地中海のヘレニズム文化のfar eastへの帰着を示す、法隆寺の柱のふくらみ=エンタシス。

これは実は歴史学の世界では、「子どものおとぎ話」だという。しかしそのあとで、「じゃあ、どうしてその物語が生まれ、定着したの? 」と調べ出す。これについては、17年前に出された『法隆寺への精神史』で詳しく論じられているが、「一般人の歴史の常識」を否定するなら、こういうふうにやってほしいものだ。

ちなみに井上さんは、論争自体も楽しんでいる。関東史観と関西史観の対立の根にあるメンタリティ、定番の邪馬台国畿内説 vs. 九州説、さまざまな説の歴史学者たちに「政治的に配慮して」復元されたどっちつかずの三内丸山遺跡の建造物の話など……。

そして本書の白眉。それは、あのでかく腫れ上がった「きんたま」を持つ信楽焼の狸の置物の謎に迫る一編である。「たんたんたぬきの…」の俗謡から始める構成も見事で、笑えるネタもふんだんに盛り込まれている。必ず吹き出すので電車内では読まないほうがいいだろう。

ぜひとも「たぬきのきんたま」だけをテーマに井上さんに一冊の本を書いてほしい、そう思いながら読み進めば、なんとすでに一冊、日本文化とたぬきのかかわりを論じた、『狸とその世界』(朝日選書)なる本に「きんたま」にまつわる詳しい言及があるという。井上さんいわく、「大変な名著」だそう。

この本、『くう・ねる・のぐそ―自然に「愛」のお返しを』や『ダチョウ力 愛する鳥を「救世主」に変えた博士の愉快な研究生活』などに加え、新たにわれらが「本のキュレーター勉強会」座右の書となりうる可能性さえあると見た。絶版だが、ネット古書店で早速ポチっとしてしまった次第だ。

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