『かぜの科学』

土屋 敦2011年04月01日 印刷向け表示
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 (副作用を伴いつつ)症状を和らげる薬はあっても、風邪を治す薬は今のところない。昨年出た『代替医療のトリック』という本には、エキナセアというハーブに、ほぼ唯一、少し効果がある、というエビデンスが見いだせるとあったはずだが、本書ではより改良された最新の研究では効果がない、と断じている。 

かぜの科学―もっとも身近な病の生態
作者:ジェニファー アッカーマン
出版社:早川書房
発売日:2011-02
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その意味で、現在の風邪薬も、本書でも触れられているような、ギリシア時代のネズミの鼻にキスをする(たしかに喉の痛みなど忘れそうな体験だ)、植民地時代のアメリカの、冷たい水に足をつける(私がラテンアメリカに行ったとき、人々はまだこの治療法を試みていて、熱帯熱という重いマラリアに罹った友人は、マラリアの熱と凍るような足の冷たさの両方に耐えなければならなかった)、1920年代には有毒な塩素ガスを噴射した小部屋に入る、といった治療法と、さして変わらないのだ。人は、喉のイガイガや痛み、くしゃみ、咳き、頭痛、熱、倦怠感などに耐えつつ、平癒するのを待つしかない。

平癒するゆえ、風邪は軽く見られるが、本書によれば、アメリカ人は年間10億回風邪をひき、欠勤日数は数億日、経済損失は600億ドル、子供たちは1億8900万日も学校を休み、人は一生のうち、まる一年は風邪で寝ていることになる。規模としては大きな損失を人類に与えている。

著者曰く、風邪ウイルスは世界でもっと成功を収めたヒト病原体、なのだそうだ。風邪ウイルスはあらゆる場所にいる。児童公園の遊具、バスの肘掛け、病院 銀行、保育施設、学校 ホテル、飛行機、そして家庭で、人を待ち構えている。

ちなみに家庭で一番清潔な場所は便座だそうだ。曰く、サラダを作るなら、まな板の上より便座の上が適しているという。

馴染み深いゆえ、さまざまな誤解がある。よく体冷えたから風邪になった、などと言うが相関関係はない。冬に風邪を引くのは、湿度が風邪ウイルスに適しているのと、人々が屋内で過ごすことが多いからだ。

またウイルスゆえに殺菌、減菌剤は効かず、殺菌効果を謳った石鹸も、風邪には普通の石鹸と同程度にしか効果がない。

意外と知らない人が多いのが、抗生物質が効かないこと。効かないばかりか、安易に飲み続ければ、胃腸に負担をかけ、アレルギー反応を起こし、さらにいずれは、抗生物質耐性菌を生み出したりする。

そして、免疫力を高めれば風邪を引かない、というのもまったくの間違い。くしゃみ、鼻水、鼻づまり、喉の痛み、咳、これらは、ウイルスによって攻撃を受け、体がダメージを受けて現れていると考えがちだが、実はウイルスに対する身体反応、ウイルスをやっつける過程でふだんは眠っている体のプロセスが活性化された結果だ。すなわち、免疫力を高めるほど、よりひどい症状に悩まされることになる。幸いなことに、「免疫力を高める」と謳った怪しげな商品の多くには実際の効果がないため、金銭的損失以外に実害はあまりないが、本書には、風邪のときに免疫強化剤を飲み、最悪の体験をした男の例が載っている。

風邪をなんとかやっつけよう、という人の闘いと研究を語りつつも、本書は、風邪の有用性も訴える。そもそも人の体は、無数の菌や微生物で構成される生態系のようなもの、新参の風邪ウイルスもその仲間に入ろうとしていて、まだうまくいっていないだけ、なんていう心優しき主張は好もしいばかりか、「ウイルスは生物圏の支配的な実体で、地球でもっとも動的な遺伝因子」だという、新たな、巨視的な視点をも提供しくれる。

風邪ウイルスを中心に据えて世界を見れば、この地球はまったく違ったふうにみえるに違いない。

というわけで、実は今少し風邪気味。にもかかわらず、風邪ウイルスを愛し始めている自分がいる。とりあえず、1772年版の『家庭の医学』(ウイリアム・バカン著)に載っているという素敵な治療法、「ベッドへ行き、ベッドの足側に帽子をかける。そして帽子が二つに見えるようになるまで酒を飲む」を試してみたい。

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