『ご先祖様はどちら様』

土屋 敦2011年05月26日 印刷向け表示
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実は高橋秀実さんの本は、おそらくほとんど読んでいる。しかしながら、経験的に言えば、その面白さを人に伝えるのは実はなかなか難しい。

面白いよ、と言って直接本を読むことを勧めれば、大抵の人はすごく面白かった、と言ってくれるのだが、どう面白いのかを言葉では説明しづらいのだ。

読みながら何度もふきだしてしまうのだが、爆笑を誘う風ではない。

そこはかとなく面白い。

しみじみと笑える。

そんな感じで、自分の才能のなさを感じつつ、うまく伝えられず、困ってしまう。

今回もいかにも秀実さん(あっ、著者は秀実と書いて、ひでみねと読みます)らしい、実にしみじみと面白さが滲み出てくる作品で、それゆえ、正直困りながら、この原稿を書いている。

困る、と言えば、秀実さんはなんとなくいつも困っている。

なんで困っているのだろう、と考えると、彼が固定観念に惑わされず、あらかじめイメージにとらわれず、非常に冷静な人だからだと思う。それが「疑り深い」と本人が言う所以だろうが、ここで意地の悪い人なら、その疑いよりどころに、ズバッと相手(人ばかりでなく、文書、世論、報道などである場合もある)の矛盾を突いたり、批判をしたりするかも知れない。しかし著者は相手の気持ちがとてもよくわかる、「同感」の人でもある。疑り深いのに相手の気持ちも推し量り、「あなたが言っていることはなんだか変だと思うけれど、でも気持ちもわからないでもないな」ということになる。だから困ってしまう。

さて、困ったときに著者はどうするか。

佇むのである。

ご先祖様はどちら様
作者:高橋 秀実
出版社:新潮社
発売日:2011-04
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本書はそのタイトルどおり、著者が自分の先祖を探した本だ。

自分の先祖を探す、というのは、ありふれた発想のようで、極めてニッチで、かなり前代未聞のノンフィクションだと思う。自費出版ならともかく、不特定多数の読者に読んでもらう作品にするなど、ほとんど不可能に思える。たとえ文壇の大物作家や売れっ子作家が「自分の先祖を探す本を書きたいんだけど」と言ったとしても、多くの編集者は、「いや、先生、それはちょっと……」となるに違いない。

しかしながら秀実さんがご先祖探しをした、そしてそれを本にした、となると、これは面白くないわけない、と即座に思ってしまう。たぶん、日本で唯一、自分の先祖について書いて面白い本を書ける作家ではないか。

なぜ、そう思うのか、それは、ご先祖探しをすれば、困るに決まっているからだ。僕も佐渡時代、家系図や自分史を作りたいと熱烈に思っている近所のおじいさんたちに相談を受けて、相当に困った。そんな経験もあるゆえ、長年のファンとしては、また秀実さんが困る姿を見ることができると思うと、それだけで心踊る。


その期待に違わず、著者はいきなり、気持よく困ってくれる。前述したように、彼が困るのは、イメージに左右される物事の本質を確実に掴むからだ。すなわち、彼はいきなり家系の本質を掴んでしまう。

すなわち、

家系は爆発である。

理論上の数字だが、単純に考えて、両親、それぞれの祖父母、さらに曽祖父と辿って、例えば四十代遡れば、

2の 40乗 = 1 099 511 627 776人

というとんでもないのご先祖様現れる。

そして、それはもはや、数を数えるのも無意味なような、もやもやした雲として、今を生きている人の背後にある、というのだ。

愚直に誠実に先祖を辿ろうとして、上記ような結論になり、困って身動きが取れなくなった著者は、日本という国家の根本のご先祖様について書かれているであろう、古事記と日本書紀を紐解くが、そこで、この二つの書が記す、家系の本質もぐぐっと掴んでしまう。

すなわち、

古事記曰く、家系を辿るとわからなくなる。

日本書紀曰く、家系にはいろいろな考え方がある。

さらに困った著者の姿が目に浮かぶ。

しかしながら、実際に家系をたどって、家系図を作ったり、先祖のことを調べている人は、著者のようなことは考えもしない。ウチの先祖には◯◯というエライ学者がいた。実は清和源氏の誰それに繋がっている。自分ののぞみや、現状を反映して、ご先祖を取捨選択して、自分と結びつけていくのである。

そこで著者は、

家系を辿ることは、自分の中に、名家や立派な人の素質を見出す行為

であると見切る。

そうとわかったら、爆発やもやもやほどには困らない。そこでその行為を実践してみるのだ。

宮城から静岡、甲府、京都まで、「素質を見出す」旅に出て、取材を重ねる。そこでの出来事はそれぞれにおかしみに溢れているのだが、結局著者は、考え、同感し、困り、そして佇む。それは、実際に本書を読んで体験していただくしかない。それはたぶん、なんともいえず、幸せな時間になるはずだ。

加えて言えば、その幸せな読書体験を作っているのは、実はかなり考えぬかれた精緻な構造にもある。展開の仕方やオチのつけ方などは極めて秀逸で、細やかな部分の表現も実は工夫されていたりする。困って「佇んでいる」にしても、考えぬかれた、決して他の人には真似できない「秀逸な佇み方」をしている、と言えようか。軽く読み物として読んで、「あー面白かった」と本を閉じてしまうのではなく、何度か読み直すと、しみじみと感心と感動が広がるはずだ。

本書は著者自身が自分の先祖を辿った本、と言えるが、むしろ先祖を辿るという行為をしてしまう人間という動物の、愛すべき、そこはかとないおかしみを描いた作品だと言えるだろう。前々作の『趣味はなんですか』もそうだったが、そういうものを掬い取らせたら、この人の右にでる人はいないだろうな、と思う。

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