『「見えない」巨大経済圏』 遠くて身近な地下経済

村上 浩2013年04月12日 印刷向け表示
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「見えない」巨大経済圏: システムDが世界を動かす
作者:ロバート ニューワース
出版社:東洋経済新報社
発売日:2013-04-05
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ナイジェリアの貧困地区で生まれ育ったアンドリュー・サボルは、家計を支えるために、16歳で廃品回収を始めた。炎天下でゴミ山を漁る過酷な仕事を、アンドリューは1日12時間、16年間に渡ってやり抜いた。そして、その下積み生活で貯めた資金をもとに、リサイクル用廃棄物のディーラーとして独立することに成功した。独立後の彼は、小奇麗なワンルームマンションに住んでいる。今頭を悩ませているのは、空腹や明日の寝床などではなく、積み重なっていく資金をどこに投資すべきかということである。

アンドリューの活躍ぶりは、企業家精神の発露がもたらした典型的なサクセス・ストーリーのように思える。しかし、彼のビジネスのやり方は、通常私たちが思い描くそれとはかけ離れている。彼は、自らの会社を法人化していないし、税金も払っていない。もちろん、16歳のころから、リサイクル品を扱う許可を取ったことなどない。アンドリューは、政府の統計からは「見えない」経済圏を生きているのだ。

著者のニューワースは、通常では「地下経済」「インフォーマル経済」と呼ばれる、密輸や偽造品販売などの現場に飛び込み、その実態を明らかにしていく。アフリカ、カリブ、中国の市場に飛び込んで得られた生の声は、非公式な世界を生き抜くためのルールや仕組みを教えてくれる。そこは、ただ混沌が支配する無法地帯というわけではないのだ。また「地下経済」といっても、殺人、誘拐や臓器売買などは本書の対象外である。本書に登場する経済人は、営業許可はとっていないものの、行っているビジネスはバス事業、ミネラルウォーター製造販売や電子機器の輸出入などである。

本書では、「地下」や「インフォーマル」というネガティブな言葉を用いずに、これらの経済システムを表現するために、「システムD」という言葉が用いられている。「D」は、DIYからきており、「何でも自分でやる」という意味が込められている。著者は、フォーマルな経済にアクセスできない多くの人に職をもたらし、政府が提供できない種類のインフラを整えるシステムDの存在を、非常に肯定的にとらえている。そして、税金も払わず、規制を守ることもなく、国境にもとらわれない、このシステムDによる経済がなければ、グローバル経済の未来は暗いものになると示唆する。

著者は、本書を単なる現場レポートに終わらることなく、システムDが社会の中でどのように機能しているのか、そして、今後どのように規制していくべきなのかを論じていく。著作権や税金に対する著者のラディカルな意見には、色々と反論が向けられるだろう。しかし、経済学の古典を引用しながら、そもそも論から考察を始める著者の姿勢は、市場と規制の関係がどうあるべきかを考える材料を与えてくれる。例えば、市場への参入を政府の免許制によって制限することは、誰のどのような利益を守っているのだろうか。

システムDは、「フォーマルな経済」を生きる私達の生活とも深く関わっている。例えば、上述のアンドリューが回収したプラスチックが中国の工場に売られ、最終製品が中国から日本に輸出され、その製品を我々が使う、ということは十分にあり得る。また、システムDの経済規模は我々が想像するよりも遥かに大きく、ヨハネス・ケプラー大学のシュナイダーの研究によると、システムDで取引される金額は年間10兆ドルにものぼるという。

このシステムDを巧みに利用するグローバル企業がある。本書ではいくつかの事例が取り上げられているが、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)の途上国進出の事例は興味深い。そもそもP&Gの最大の顧客は米国のウォルマートであり、この1社でP&G全体の売り上げの15%を占めている。最大手の小売企業とタッグを組み市場を支配しようというP&Gの戦略と、システムDがどのように交錯したのか。

P&GとシステムDが出会うことになったきっかけは、当時COOであったマリアノ・マーティンの南米赴任である。彼が赴任直後に実施した市場調査の結果は、先進国とは大きく異なる消費者の購買行動を示していた。週に一度大型ディスカウント店で大量に買い物をする先進国の消費者とは違い、発展途上国の人々は近所の零細店舗を週に5~6回も訪れて少しずつ買い物をしていた。しかも、零細店舗とそのお客は深い絆で結ばれており、簡単に商品を買う店舗を変えそうにはなかったのだ。零細店舗はいずれ大型小売企業に飲み込まれる、と考えていたマーティンは衝撃を受けた。

ハイフリークエンシー・ストア(高頻度店舗)と呼ばれる、このような零細店舗での売り上げの合計は、実はP&Gの総売り上げの20%にも達している。しかし、このような零細店舗はシステムDでビジネスを行っている場合が多く、直接取引をするにはリスクが大きい。また、零細店舗はその店舗数も膨大であり、あらゆる取引コストが高くつく。それでは、P&GはどのようにシステムDを活用したのか。その詳細は、是非本書で確認してほしい。

本書ではP&G以外にも、ファストファッションのH&Mや、ユニリーバなど、グローバル企業とシステムDの関わりを示すケースが多数紹介されている。今後、世界経済の成長の中心は途上国にどんどんシフトしていくだろう。その世界はどのようなものか、その世界とどのように関わっていくべきか。豊富な事例をもとに、様々な角度から考察する助けを与えてくれる。

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世界は貧困を食いものにしている
作者:ヒュー・シンクレア
出版社:朝日新聞出版
発売日:2013-03-29
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銀行から融資を受けられないような貧困層の人々にお金をかし、自立を促すマイクロファイナンスは貧困を撲滅する手腕として注目を集めた。ムハメド・ユヌスのノーベル平和賞受賞でその名声は頂点を極め、多くのお金がマイクロファイナンス業界に流れ込んだ。各国のマイクロファイナンス機関で働き、現場を見続けた著者が出した結論が、本書のタイトルである。先進国では許されないような金利でお金を貸し、強制的に回収する。融資されたお金は起業のための物資の購入ではなく、消費財の購入にあてられる。マイクロファイナンス業界の「不都合な真実」を明らかにする一冊。

中国の地下経済 (文春新書)
作者:富坂 聰
出版社:文藝春秋
発売日:2010-09
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「灰色収入」と呼ばれる、賄賂や袖の下は中国経済の中でどの様に機能しているのか。中国のリアルな経済状態を解説する。上述のシュナイダーの研究では、中国の地下経済はGDPの10%程度という試算になっているが、本書を読むと、もっと大きな規模ではないかと疑いたくなる。

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