『死刑執行人の日本史』

栗下 直也2011年03月02日 印刷向け表示
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死刑執行人の日本史―歴史社会学からの接近 (青弓社ライブラリー)
作者:櫻井 悟史
出版社:青弓社
発売日:2011-01
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裁判員制度が施行された約2年前に、「死刑を求刑する場に立ち会いたくないから嫌だ」と叫ぶ人は多かったが、「死刑判決を出すことで、刑務官に死刑を執行させるのが嫌だ」という人はほとんどいなかっただろう。裁判官が死刑を言い渡し、いざ、死刑が執行されるとなると、当然だが、死刑を執行する人が必要になる。その人は「ひとを殺す」行為に荷担するわけだ。「仕事だから」という人がいるかもしれないが、著者はこう指摘する。「現代日本では刑務官が死刑を執行しなくてはいけない根拠はない」と。


本書では、長く自明であると思われてきた「刑務官による死刑執行」を歴史を紐解き再考している。著者によれば、91年に職務規程から死刑執行に関する条項が削除されたことで、刑務官に死刑を命令する根拠はなくなったという。「あまりにも当然のことだと思われているから、無くなったのでは」とつっこむ人もいそうだが、著者は歴史的にも近代以降の刑務官の役割からも決して、自明でなく、焦点にすべきだと説く。


死刑執行は江戸から明治に時代が移り変わるときに大きな転換点を迎えた。江戸時代は専門の死刑執行人がいたという。当時は死罪がいくつも存在したが、斬首の場合は、山田浅右衛門という一族が代々担当した。あとは、町奉行の関係者が担った。ドラマなどでは非人が関連するケースもあったが、それは磔刑など見せつけの刑のためであったという。ここにおいては、現代の刑務官に近い牢屋の牢役人は、あくまでも牢屋内の世話だけであった。


明治になり、刑務官が執行に携わるようになるが、それを後押ししたのが斬首の禁止と、絞首刑の導入だ。明治初期は斬首と絞首刑だったが、斬首が禁止され、絞首刑台の機器が普及したことで、死刑に「技術」が求められなくなった。また、同時に、身分制度が廃止されたこともあり、誰もが簡単に死刑執行人たりえる土壌が整った。

ただ、刑務官が死刑を執行することは同時に、二律背反を抱えることになる。江戸時代の牢屋は処分が決まるまでの一時期的な待機所の意味合いが強かったが、監獄の誕生による懲役刑が出現したことで、単なる檻ではなくなった。待機する場所から更生する場所に転じた。自然と、刑務官も、服役囚の教育が大きな仕事になる。その刑務官に死刑を執行しろというのは、服役囚の更生を担わせておきながら、時には死刑にも参加させるという矛盾を内包する。

明治以降、この流れは見直されることなく、時間の経過とともにより強固のものになっていく。

これまでも、死刑執行人に焦点が当たらなかったことはない。死刑制度の是非についての議論の中では、「刑務官に人殺しをさせるな」という議論はあったらしいが、議論の収れん先は「死刑反対」であり、「なぜ執行人は刑務官なのか」という議論には発展してこなかったという。

刑務官の中には、死刑執行に携わるということを知らないで職につくものも少なくない。死刑場を保有する刑務所に配置されれば、全体の2割くらいの確率で回ってくるのにもかかわらずだ。たった2万円の特別手当で、死刑執行のボタンを押さなくてはいけない。現代なら「リサーチ不足」といえばそれまでだが、情報インフラも整っていない時代に募集要項などの職務内容に一言も書かれていなければ、仕方がない面もあるだろう。死刑執行人は透明の存在ではなく実在する以上、もっと論じられるべき問題だ。

著者は大学院の博士課程在学中。本書は修士論文を大幅に修正加筆したものだ。若干、冗長な点もあるが、逆に論理の破たんや、スキップがない。数多くの文献を参照し、歴史に埋もれがちなテーマを見事に浮き彫りにしている。

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