ビッグ・ブラザーなら恐くない 『グーグル秘録』

2010年5月16日 印刷向け表示
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採点:★★★★★

広告、Web、に興味・関係ある人には特におススメ

本書はグーグル礼賛本でも、批判本でもない。本書はグーグルの誕生・急成長・戸惑いの歴史を軸に、今までとこれからのメディア、広告、Webについて膨大な取材を基に分析された本である。膨大な取材がどんなものかは、巻末の参考文献と著者あとがきで分かる。CEOであるエリックシュミットへの取材だけでも15回、その他のグーグラー(グーグル社員)への取材は150回、グーグラー以外(主にオールドメディアの人々)への取材も150人以上。広告に近い領域でマーケティングコンサルタントをやっていながら、知らないことが沢山・・・もっと勉強しなければ。

グーグル秘録 グーグル秘録
(2010/05/14)
ケン・オーレッタ

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「like no other」や「make it possible」も有名だが、グーグルの「Don’t be Evil」は世界一有名な経営理念(?)の一つだろう、もちろんマイクロソフトとの対比として。

この言葉からは直近話題になった中国からの撤退の事件を思い出させる。当時は、「グーグルは利益よりも人権を第一に考えるすばらしい企業だ」という意見も「シェアが取れないからパブリシティに利用したんだ」という意見が見られたが、そのどちらかだけが正解ということはないだろうが、本書を読めばこの行動の意図ももう少しはっきりとするかもしれない。

グーグルは広告屋

バイアコム社長のメル・カーマジンの言葉に対して異論がある電通・博報堂の社員はいるだろうか?

どうすれば広告がうまくいくかなど、知らない方がいい。知ってしまうと、特別なオーラを身にまとって神秘性を売っていたところほど高い料金を請求できなくなる

投信や生保の営業は自分が金融リテラシーの低い消費者に無理やり詐欺まがいの商品を売りつけていることを自覚している(だろう)が、広告代理店やメディアの営業は自分が売っている商品が詐欺まがいなのかどうかもわからない。

また、広告に関する最も有名な格言の一つは「広告の種類は2つしかない。効果のある広告と効果のない広告だ。しかし、どの広告に効果があるかは分からない」だらかこそ広告代理店の社員はつい最近までタクシーに乗り放題だったし、会社の金で旨い飯をたらふく食べられたのだ(もちろん、ハードワークではあるが)。

グーグルがこの状況を、少なくともWeb上では、一変させてしまった。なぜなら、広告主は効果のあった(クリックされた)広告にしか料金を支払わなくてもよいからだ。これは従来のマスメディアには真似できない。レジで「あなたは昨日の月9のCMを見たからこのシャンプーを買うのですか?」と聞くことは出来ないし、聞いたところで正確な解答は得られなだろう。

グーグルの検索連動広告の強力さはその売上からもあきらかだろう、2009年の売上高は約2兆3000憶であり、その9割以上が広告からもたらされている。これがグーグルが一発屋と揶揄される所以ともなっている。次々と革新的なサービス(グーグルアースやグーグルマップなど)を打ち出しているグーグルだが、広告以外の収入は非常に小さい。アンドロイド携帯を開発していてもグーグルはあくまで広告屋なのだ。

創業者の強烈な個性

創業者の2人はもちろん、CEOのエリックシュミットもエンジニアだ。この創業者2人のパーソナリティに関する記述も興味深い。生い立ちは違えど、2人とも学者の子供であり、モンッテソーリ教育(モンテッソーリ教育Wiki)を受けた所謂「天才」なのだ。2人が幼少期に科学者の伝記に心酔していたというエピソードも面白い。ブリンはリチャード・ファインマンに、ペイジはニコラ・テスラに夢中だったらしい。ファインマンの伝記は確かに無茶苦茶面白い、全国の小中学生に読ませるべきだ。歴史を学ぶことについての効用はいろいろあるが、その最も大きなもののひとつに「自らの不幸に絶望しなくなり、自らの成功に傲慢にならなくなる(誰の言葉か忘れた・・・)」があると思う。当然、色々な人生に触れることは楽しいことだ。

スタンフォードで出会う2人だが、ファインマンよろしく、その発想は自由そのものだ。その発想をしばるものは効率性くらいではないか。G-mailに「削除ボタン」をつけなかった理由も面白い、

「削除した後に、その情報が必要になるかもしれない。メールを削除しようかどうか悩むこと自体が、時間の浪費だ」

これはペイジの台詞だが。確かに、G-mailの強力な検索があればすぐに目的のメールに辿り着くことが出来るが、直ぐに習慣を変えられない「普通の人々」は不要なメールがあったら「削除したい」と思ってしまうのだ(非合理的な行動であったも)。このような「普通の人」の非合理性に考えが全く及ばないところは、ホリエモンやひろゆきにそっくり。この2人の弱点を失敗していないことに求めているが、そんなの関係あるか?失敗しなくてもいいじゃないか。エメリヤーエンコ・ヒョードルは負けて無いから最強なんだ。

しかし、日本の教育システムはとっくに限界だろう。こんな人間は意図してつくれるものではないが、日本のシステムでは潰してしまうのが落ちのような気がする。日本もここまで豊かになってしまったら(賃金があがってしまったら)、単純労働では国際競争に勝てないのは明らかだ。つまり、製造業で組み立てをやっている分けにいかない。ドラッカー言うところの「知識階級」を大量生産しなければならないのだが、そのための教育システムは確立されていない(これは日本だけでなく、どこでもそうだろう)。しかし、現在のような教師から生徒への「知識の伝達」や、「任務遂行の訓練」が役に立たないことは間違いない。意図して「知識階級」を作ることは難しいのだから、抜き出たやつの足を引っ張らない仕組みの構築が必要だろう。

イノベーションを生み出す経営

コンサルタントとして参考になる記述もたくさん。20%ルールは皆が知るところだろうが、当然それだけで次々と革新的なサービスが生まれる訳ではない。グーグルのコーチであるキャンベルは以下のようにイノベーションの要件を述べている

テクノロジー会社の経営者は、ひたすら製品を評価することのみに時間を費やすべきだ。プロジェクトを仕上げ、見込みのないものは取りやめ、あぶれた人材を最も見込みのありそうなプロジェクトに回すことに、全経営陣が一日中取り組むのだ

もちろん、ジョブスは技術者か?という質問もあるが、テクノロジー関連の学位は持っていないが、通訳なしでエンジニアと話が出来るらしい。

大きなビジョンを追い求める「ブレ」の無さも際立っている。アドワーズの根本的な刷新を求めたプロジェクトで、改善策に留まる提案をプロジェクトリーダーがしてきた際に、ムーアの法則を引き合いに出して、

ムーアの法則は普遍的ルールのように思われがちだけど、本当は経営革新の話なんだ。『我々はコンピュータの半導体の性能を、十八ヶ月ごとに倍増させる。それを実現する態勢を整えようじゃないか』という決意表明だ

その提案を退けてしまった。自分たちの築き上げてきたものを疑うことを厭わず、常に最善の解を求める姿勢はさすがである。

どこの会社にも経営理念やビジョンが掲げてあるが、本当に自分の言葉でビジョンを語れる経営者が日本に何人いるだろうか?ソフトバンクの孫さんやユニクロの柳井さんは間違いなくビジョンを語っていると思うけど。

まぁ、素晴らしいやり方であるとは思うが、普通の会社には真似できないだろう。なぜなら、圧倒的なキャッシュフローがあって、馬鹿でかい時価総額の企業(かつA株、B株の使い分けで経営権も安全)じゃないとピーナツバターをパンの耳まで満遍なく塗りたくることは不可能なのだ。つまり、広告で荒稼ぎしたお金をじゃぶじゃぶ使える間でないと、イノベーションのためにこんなことは出来ない。実際、財布の紐が硬くなり始めたグーグルからはエンジニアが抜け始めているらしい・・・

「グーグルのこれから」や「メディアのこれから」など他にもまだまだ引用すべき箇所が沢山ある。この本は今のところ2010年のTOP3には入る両所だった。しかし、この本には気に食わないところもある。その一つは、エンジニアを「コミュニケーションの出来ないオタク」というステレオタイプで描いているところだ。そういう一面が他の職種よりも強いことは間違いないだろうが、その色だけで説明されると疑いたくなってしまう。これではグーグルは「邪悪」か「正義」かの二元論と変わらないじゃないか。そのオタクたちが如何にしてチームで動いているのかをもう少し知りたかったかな。

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