怒れる脳”科学者” 【書評】さらば脳ブーム 川島隆太

村上 浩2010年11月17日 印刷向け表示
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採点:★★★☆☆

「脳」に限らず、科学と世の中の関わりに興味のある人におススメ

大ヒットゲームソフト脳トレ(正式には、東北大学未来科学技術共同研究センター 川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング)の生みの親である川島隆太氏が自らがどのように「脳科学」の分野を切り開いてきたか、脳トレブームによってどのような影響が生じたか、産学連携はどのようにあるべきかについて論じる一冊。


さらば脳ブーム (新潮新書 396) さらば脳ブーム (新潮新書 396)
(2010/11)
川島 隆太

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■あらすじ

「うかつに野に下ることなかれ」

著者が医学部の学生時代に刷り込まれた言葉から本書はスタートする。「野に下る」とはマスメディア等(主に民放テレビ局)に出演し、科学者の主たる活動領域(≒学会)以外で活動を行うことである。刷り込みが効を奏して(?)、著者自身学生時代には民放のテレビに出ている自称”学者”達はまともな研究者ではないと感じていた。

国内に先人がいない状況から脳機能イメージングの研究を始めた著者は、人間の思考活動を画像化することに成功したと言う論文と出会う。先を越されたと思いながらも著者(スウェーデン王立カロリンスカ研究所のペル・ローランド)に熱烈なラブレターを送ると、熱意が通じてか、2年間の留学を受け入れて貰う。

ノーベル賞受賞者が身近にいる刺激的な環境の中、様々な成果を挙げて帰国した著者も、国内での研究生活を送る内にいかに自分の研究にお金(税金)がつぎ込まれているかを痛感する。このときから、自らの成果を何とか社会へ還元したいという思いが著者の中で芽生える。

社会への研究成果を還元する機会は意外なところから訪れる。脳研究に注目が集まり始めていた1997年『別冊宝島』の取材に対して軽い気持ちで、「脳のためには、ファミコンするより公文しろ!ってことですね」とコメントすると、公文から共同研究の話を持ちかけられたのだ。

企業からの資金援助を受け自らの意思を曲げざるを得なかった後輩の姿に忸怩たる思いを抱いたことのある著者は最初は及び腰であったが、公文側の姿勢(著者の指示通り研究に協力する他分野の学者をひっぱってきた)や共同研究によってもたらされるであろう自らの研究の社会への還元という側面から、本腰を入れて取り組み始める。

「学習療法」の効果を確信し、様々な成果を挙げ、査読付きの雑誌にも論文を投稿した。多くの患者の症状を改善していた「学習療法」だが、その影響力が大きくなるにつれ、誤解や筋違いの批判も多くなる。

その後「脳トレ」で大ヒットを産み出した後に著者に向けられた多くの批判、ブームが産み出した様々な現象に対しする著者の怒りが本書からはあふれ出ている。

■感想

「産」と「学」の連携の難しさ、煩わしさは想像を超えているようだ。マスメディアの過剰な煽りや、素人集団の誤解も著者には耐えられないものではあるだろうが、その怒りがもっともむけられているのは同業者である科学者たちだ。

著者の主張は、「科学という土俵で勝負している者同士、批判も反論も科学の土俵の上でやろうぜ」、と言うことだと思う。入念に準備をして、心血を注いで実験をし、論文を書いている。また、その論文は査読付きの雑誌に認められているというのに、公式な反論はせず、メディアや自著で批判してくる科学者達は著者が最も憎む相手だ。

脳ブームの迷信の著者である大阪大学の藤田教授や理研の加藤博士が「活性化」という言葉遣いがおかしいと指摘していることに、川島氏は以下のように反論する。
お二方は脳機能イメージングの研究者ではないので、業界の用語を知らないのは仕方ないことなのかもしれないが、自分たちの無知はさておいて他人を非難するのはいかがなものかと思う。(中略)「変化」を総称して「activation」と呼ぶのが、この業界の常識であり通例である。
要するに、何にも知らないくせに、舐めんじゃねー、ってことだ。

著名になった後はこのようなしょーもない批判が少なからず向けられたそうだ。特に身内中の身内であるはずの指導教官からのいわれのない批判には怒り心頭だろう。本書には科学者の”怒り”が充満している。

学生時代に10数回程度学会で発表したが、他人の発表に対して異常なほど批判的な教授を何人か見かけたことがある。プライドが高いのか、人付き合いが下手なのかは分からないが、とても建設的な議論をしようとしているようには感じられなかった。こんなおっさんらにゴマすっていくのはいややなーと思ったのも研究者を志すのを辞めた理由の一つだ。

著者ほどに自らの研究を現役の間に還元できる研究者は少ないと思うが、産学連携の難しさは随所で垣間見える。

学習療法を国の施策として高齢者施設へ展開することはできないかと模索していた著者に、後に政治家へと転身する財務官僚はバッサリと言い放った。

学習療法を施策として動かしても、政治家を始め誰にも旨みが無い。国の施策にできるかどうかを考える際、『利用者である国民が幸せになるかどうか』は二の次なんです。例えば、介護予防のための筋トレ装置だと数百万円以上するので、これが施設に導入されるとなれば、いろんな人の懐が豊かになる。
「学習療法」には「費用が掛からない」という致命的な欠点があったのだ。

著者は脳トレによる売り上げの監修代のようなものを全く受け取っていないそうだ。税金による設備を用いて行った研究による対価を個人の懐に入れることが後ろめたいようだ。

個人的には、お金を受け取って全く問題ないと思う。研究費に限らず、この国で活動する以上なんらか国のお世話になっているはずだし、成功ロールモデルをつくらなければ若者の理科離れは益々進むのではないか?

一生懸命安月給で働いてください。万に一つ世の中に大きなインパクトのある研究を生み出しても、その対価を受け取ってはいけません。では多くの人間を惹きつけることは困難だろう。(それでも研究する、という科学者が大勢いることは当然承知している)

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