種を蒔かなければ花は咲かない 『自分探しと楽しさについて』 森博嗣

村上 浩2011年02月19日 印刷向け表示
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「最近楽しいことないなー」と思っている人はもちろん、人生をもっと楽しみたいと思う人にもオススメ


自分探しと楽しさについて (集英社新書 580C) 自分探しと楽しさについて (集英社新書 580C)
(2011/02/17)
森 博嗣

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この本に何が書いてあるかはタイトルを見れば一目瞭然。『なぜ××は○○なのか?』、『△△力』、更には『□□の品格』という目を引くためだけのタイトルが溢れている中、本書のタイトルは必要にして十分、端的にその内容を表している。本書は、昨年の自由三部作『創るセンス 工作の思考』、『自由をつくる自在に生きる』、『小説家という職業(拙書評)に続いて、森博嗣が『自分探しと楽しさについて』12時間で書き上げた本である。

どうして自分を探さなければならないのか。どうして自分がやりたいこと、自分の得意なことが当人である自分にわからないのか。この問いに答えるためにはそもそも「自分」とは何であるのかを考えなければならない。著者は「自分」を2種類に分けて考察を進める。1つ目は自分が意識する「自分」であり、2つ目は他者が認識している(と自分が想像する)「自分」である。1つ目の「自分」しか持っていなかった子供もコミュニケーション能力が向上し、社会との接点が増えるに連れて、その重心は後者に移っていき、両者の間にギャップが生じ始める。このギャップが様々な悩みを生み出すのだが、そのギャップについて考えれば考えるほど、埋めようとすれば埋めようとするほどその行為によってギャップは大きくなってしまう。

ではどうすればよいのか。万人に当てはまる万能な対処法は本書には書いていないし、そもそもそんなものは存在しない。著者は様々な方法で我々の背中を押すだけだ。そして、その行為こそ「自分探し」をしている者が最も求めているものなのだ。お膳立てされた楽しさに自分を投影するのも悪くはないが、それでは自分は変化しない。自分で考えて一歩を踏み出すことこそが必要なのだ。

自由三部作まで森博嗣の著作を読んだことがなかったのだが、その文章に触れる度に「この文章は自分に向けて書かれているのでは?俺の考えてることを知ってるの?」という不思議な気分になり、読み終わった後はしばらくその内容について考え続けてしまう。本を読む前の自分と読んだ後の自分は別人になっているようにも感じる。そしてその変化は紛れもなく楽しいことなのだ。このような変化を味わいたくて本を読んでいるのだろう。このような変化を他者にも味わって欲しいと思うから書評を書いているのだろう。もっと上手に本が読めたら、もっと上手に書評が書けたら、きっともっと楽しいだろう。その楽しみへ向けた種蒔きも大きな楽しみなのだ。

本書には他にもまだまだ自分を変化させてくれる記述がある。例えば、自殺を止めるためのロジック構築の難しさについての考察である。自殺を試みている者に「自殺はあなたのためにならない」と言っても無駄であり、「あなたが死んだら私が困る」という人間でなければ自殺を思い止まらせることはできない。自殺を試みるものは、自殺が自分のためになると思っているから自殺を試みているのであり、自殺を完遂してしまった後は不利益を被る本人は既にいないのだから。

著者は著作活動に割く時間を徐々に減らしているようだが、まだまだその活動を辞めてもらうわけにはいかない。森博嗣が本を出さなくなったら、私が困る。

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