『オープンサイエンス革命』 優勝するチームのように

高村 和久2013年05月29日 印刷向け表示
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オープンサイエンス革命
作者:マイケル・ニールセン
出版社:紀伊國屋書店
発売日:2013-03-28
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「オープンテクノロジー」と言ったらやはり、Linuxに代表されるオープンソース・ソフトウェアが思い浮かぶ方が多いのではないだろうか。Google、Facebook、Twitter等の大規模サーバーからAndroidスマートフォンまで様々なレベルのシステムで採用され、本書においても誕生の経緯が描かれるLinuxは、「オープンであること」を条件にしてプログラムの自由な改良と再配布を許し、ボランティア集団による世界規模の開発によって爆発的成長を遂げたソフトウェアである。それをサポートしたのがITのプラットフォームだ。本書『オープンサイエンス革命』は、サイエンス分野においても同様に「オープンな研究」が発生していることを指摘し、その効果について考察する。原題は“Reinventing Descovery - The New Eraof Networked Science”ということで「発見の再発明 - ネットワーク化されたサイエンスの新時代」といったところだ。しかし、読み終わって改めて考えると、邦題の「オープンサイエンス革命」のほうが内容にしっくりくるように思える。ネットワーク化の流れがサイエンス分野に波及したというより、もともと、サイエンスはオープンだったのだ。

本書によれば、最初の科学雑誌が出たのは1665年のことだ。ガリレオの時代には、研究の成果は盗まれないよう隠される傾向があった。成果が公表されるようになったのは、資金を提供するパトロンが名声と社会的貢献のために公表を望むようになったからであった。情報が出版という形でオープンになって科学は急速に発展した。改めて考えると、遺伝による進化が「世代交代の時間軸」で行われるのに対し「言葉」によって変化のスピードを早めたのが人間だと思えば、文字の登場によってさらに変化スピードを上げ、そして現在、IT技術の進化によって、更なる変化を起こしているのではないかと思えてくる。人と人の情報のやりとりは、今や、瞬時に世界的なスケールで行われるようになった。ITはその成果を自分自身に再帰的に適用して成長しているが、そのIT技術を生み出したサイエンスもまた、最も革命的な変化を遂げている分野である。著者のマイケル・ニールセンは、あの不思議な「量子テレポーテーション」の実験を最初に行った最前線の研究者の1人であり、また、量子コンピュータに関する著名な著書を持つ人だ。その著者が、現在のテーマとして注目しているのが「オープンサイエンス」である。

本書は、第一部で集合知、第二部でデータサイエンスを取り上げる。IT技術による変化は、「コラボレーション」と「データ蓄積量」の変化と捉えられる。オンラインのコラボレーションは、オフラインでの集まりとは異なる次元の効率を達成した。ネットを経由することで、考えを整理してからコメントすることができるようになり、また、興味が無い部分を読み飛ばすことができるようになり、また、特定の情報を検索することができるようになる。本書は、集合知が発生する条件について注目する。十分に多様性が確保されていて、十分に多い人数が参加していれば、一人一人の得意分野が異なっているため、面前の問題を誰かが解くことができる状態に達する。甲子園的に言えば「試合毎にヒーローが生まれる」状態だ。この状態になるためには「問題が解けた」ということを皆が理解できなければならないが、共通の価値観をもつ集団であれば、誰かが解を提案すれば、それが良い解であることは瞬時に共有できる。1999年にチェスの世界チャンピオンにアマチュア集団が挑んだ「カスパロフ対ワールド」では、世界中のアマチュアから寄せられたアイデアが喧々諤々議論されて次の手が決定された。「実行する能力と理解する能力の差」が集合知として顕れる。また逆に、本書は、集合知が得られない環境についても述べる。集団心理についての考察が興味深い。

コラボレーションだけではなく、「データの蓄積」もサイエンスが本質的な変化を遂げた要因だ。現在、巨大望遠鏡の天体観測データや、海底環境の測定データ、脳の遺伝子発現に関する細胞レベルでの情報がネット上に公開されており、誰もが利用可能な状態となっている。このようなビッグデータから思いもよらない関係を導き出す成果が続々と発生している。例えば、医療分野の論文を分析することだけで、異分野の研究者が、マグネシウムとてんかんの意外な相関関係を導きだした。著者は、100年、1000年という長期スパンで考えれば、蓄積されたデータ同士がさらに相互にリンクされた「データウェブ」が新しい知見をもたらすだろうと想像する。

オープンサイエンスは、本業でない人達にも波及している。銀河の分類を行っている「ギャラクシー・ズー」プロジェクトや、ヘモグロビン等のタンパク質が生成される様子を解析する「フォールド・イット」プロジェクトでは、一般の市民がサイエンス研究に情熱を投入し、大きな業績を上げている。

私たちは、愛のために小さなことが、お金のために大きなことが起こる世界に慣れている。愛はケーキを焼くように、お金は百科事典を編纂するように人を仕向ける。だが、いまや私たちは、愛のためにも大きなことができる。

今や、遊びが世界規模になりえるということである。いや、仕事と遊びが混然としてきたというべきだろうか。オープンな舞台の上で、超分散したメンバーたちが、超高速でワイワイガヤガヤする。また楽しからずや。HONZな私たちも、きっと同類なのでしょう。

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