書評の名を借りた内モンゴル旅行記:代表の横暴

成毛 眞2013年06月08日 印刷向け表示
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死ぬまで編集者気分―新日本文学会・平凡社・マイクロソフト
作者:小林 祥一郎
出版社:新宿書房
発売日:2012-04
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ぜんぜん書評なんかじゃない。書評以外はこれっきりにするので許してほしい。けれどきっと面白いと思う。この旅行は15年以上前のことだから、いまはもっと整備されていてつまらなくなっていることだろう。僻地旅行は思い立ったらすぐに行けが当時の合言葉だった。本当に行っておいてよかったと思う。

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まだボクがマイクロソフトの社長をやっているときのことだ。社長室長、広報室長、マーケティング部長と夏休みをどう過ごそうかと相談していた。決まった行き先は内モンゴルである。早速、広報室長が中国旅行社に連絡して、フツーの「7泊8日内モンゴルでゲルに泊ってみるツアー」に団体で申し込んだ。全行程で10万円ちょっとだったと思う。マイクロソフトの電子百科事典『エンカルタ』の小林祥一郎編集長にも声をかけた。小林さんは平凡社『世界大百科事典』の編集長をされていた著名な編集者だ。当時60代後半だったと記憶している。

北京空港で内モンゴル自治区シリンホト市駐在中国旅行社の中国人添乗員が待っていた。あきらかに調子のよさそうな、金縁眼鏡のネズミ顔中国男である。不安がよぎる。北京から内モンゴルのシリンホト市までのプロペラ機に乗りかえたのだが、客室の最後尾の床が腐食して穴があいている。なんと穴から地面が見えるのだ。あたりには濡れた砂袋のようなものが転がっている。何十年も前からそこにあるようだ。4本すべての脚が床に固定されている椅子がない。

ボクが座った椅子は前の2本だけが床に固定されていた。客室内は羊の脂が薄くべっとり張り付き、臭くて息もできない。隣のネズミ男に「怖い飛行機だな」というと「40年以上まだ落ちたことがないです」とおきまりのジョークを言った。ぜんぜん笑えない。

臭いわ怖いわで息も絶え絶えでシリンホト市に到着。吐き気のなか昼飯をとったふりをして、貸切バスで今夜宿泊する「ゲル」に移動だ。バスに乗るときなぜか200本もの「草原白酒」という焼酎やパンも積みこまれていた。50キロほど草原を突き進んで到着。しかし、ツアーの目玉である「ゲル」などない。石づくりの10坪ほどの家屋が一軒ポツンとあるだけだ。まわりは360度地平線の草原だ。まったくなにもない。隣の人家までは10キロ以上離れていそうだ。

なんとネズミ男はモンゴル語が話せない。そこで彼は中国語とモンゴル語の通訳も連れていた。家主のおばさんとその3人で激しい口論がいきなり始まった。おばさんは日本人など泊める約束などしたことはない、といっているらしい。30分後「草原白酒」20本でケリがついたらしい。午後3時ころであろうか、これからみんなでゲルを建てるのだという。全員素人である。当然夜までかかった。

驚いたことにその夜はネズミ男が持参したパンが配られただけだった。なにしろおばさんにとっては不意の来客だ。お食事など出せるわけもないのだ。ネズミ男は最初から約束などしていなかったらしいのだ。モンゴル族の来るものは拒まずという文化を利用したツアーだったふしがある。

食後になって女性陣の最悪の予感は的中した。ゲルはもちろん、母屋の中にもトイレというものはないという。これから1週間、全員家の裏でいたすことになった。後日、みんなでガヤガヤとトラクターに乗って遊んでいたら、マーケティング部長の現場を通りかかってしまった。”彼女”はにっこりとしゃがんだままで手を振った。慣れというのは恐ろしいものだ。

おばさんがどうやって連絡したのかいまもって不明なのだが、2日目にはいきなり地平線のかなたから馬に乗った屈強な男が現れた。内モンゴル自治区でナンバー3のモンゴル相撲力士だという。説明が一切ないのでみんなでポカンとしてその男をみていたら、無言でナイフを研ぎはじめた。そして、いきなり生きてる羊を裏返した。いきなり羊の胸を5センチほど切った。血はでない。その傷口に腕を肩まで差し込んで、おそらく大動脈を手で引きちぎった。寝るようにして羊は死に、いよいよ解体がはじまった。

昨夜はおばさんが1人だったはずなのだが、なんと可愛らしい女の子が3人現れた。女の子たちは鼻歌を歌いながら、羊の腸を取り出して内容物をしごき出しはじめた。キレイになったら端を結わえる。そして1人がコップを持ってきて逆さまになった羊の腹腔から血をくみ出して腸に入れ始めたのだ。

夕飯は羊の塊を煮たものだった。もちろん新鮮なソーセージ付きだった。北海道で育ち、ジンギスカンに目がないボクをもってしてダメだった。匂いで意識が遠ざかる。次の日は大量にあまった羊の肉にネズミ男がカレールーを投入して、少しは食べやすくしてくれたのだが、やはり匂いで意識は遠のく。

3日目の夜には馬頭琴を抱いた長髪長身の超イケメンの演奏家がどこからか現れた。信じられない素晴らしい演奏だった。それもそのはずCDを出しているプロの演奏家であり、最後にはちゃっかりCDを販売していたほどだ。女性陣はこれまでのことをすっかり忘れてうっとりしている。やがてその演奏家はゲルを出て草原のかなたに歩いていった。月夜である。全員で別れを惜しんで手を振って見送っている。男はこれから歩いてどこに帰るのであろう。と、やがて男は立ち止まり、ブルっと体を震わせてからゲルにもどってきた。これほど大勢で立小便を見つめられたのは初めてのことであろう。後刻、男は迎えの自動車で帰っていった。

次の日には家の男たちがトラクターに乗って帰ってきた。そして驚いたことに作業中1人の男がトラクタに轢かれてしまったのだ。明らかに脛を骨折しているようだ。ブラブラなのだ。さすがのネズミ男も真っ青になって、バスでシリンホトの病院に行こうと哀願するのだが、男たちはモンゴル族の医者を待つという。2日目に医者が来た。普通のモンゴルの男だ。麻酔もなにもなしに、草原白酒を傷口にふきかけて、やおら傷口に手を差し入れて、グリグリして治してしまった。まったく信じられないことにボクらが帰る日には、その男は歩いていたのだ。

その家には3種の犬がいた。まずは見るからに賢そうな牧羊犬たちだ。500メートルは離れているところに羊たちがいる。女性陣が羊たちのほうへ歩いて行こうとしたとき、おばさんが絶叫して止めた。例の2段通訳で聞いてみると、この犬たちにヘタに近づくと問答無用で噛み殺されることがあるらしい。牧羊犬というより羊泥棒殺傷犬なのだ。

2種目はとんでもない太い鎖で家に繋がれている番犬たちだ。これは土佐犬チックな恐ろしい顔をしていた。羊の骨をバリバリと食べていた。こっちのほうが牧羊犬よりはるかにヤバそうなのだが、1週間も滞在すると最後には尻尾を振ってくれた。彼らはじつはたんなる警報器として機能しているようだった。

3種目は真っ白な毛の人懐こい大型犬の親子だ。優しい目をしていて家の回りで放し飼いだ。もちろん、ボクらが家に到着した瞬間から顔をぺろぺろして迎えてくれた。子犬を抱いてキスしている人もいる。4-5日目のこと、あることに気がついた。おばさんは牧羊犬と家の番犬には餌をあげているのだが、白い犬たちにはなにもあげていないのだ。そういえばいつも人の後をついて回り、用を足しているときに限って、目の前でキチンと座って何かを待っているのだった。もちろん、それから誰もペロペロしなかった。

7日のあと、おばさんにお礼をこもごも言い、ありったけの草原白酒を置き土産にし、良い経験だったねと語りながら帰り道を貸切バスで急いだ。シリンホト市に帰る途中、乗っていたバスが道を歩いていたロバに激突し、即死させたのだが、もうさすがにこれしきの事に慣れっこになっていた我々は動揺することもなく、これから刺激のない生活に戻るのかと悲しくなったものだ。

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じつはこの次の年、社長室長と広報部長と調子のよさそうな金縁眼鏡のネズミ顔中国男ガイドと4人で新疆ウイグルに行ってみたのだ。ネズミ男は新疆ウイグルに行ったこともないのに、ガイドを申し出たのである。しかも、ウルムチで待ち合わせだという。意味無いじゃん。ともあれ、中国の僻地ばかり旅行していたので、いまだに上海に行ったことがないのである。

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