『なぜ理系に進む女性は少ないのか?』 遺伝?環境?

村上 浩2013年06月22日 印刷向け表示
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なぜ理系に進む女性は少ないのか?: トップ研究者による15の論争
作者:スティーブン・J. セシ
出版社:西村書店
発売日:2013-06-08
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世界中のサイエンス好きが注目するFacebookページがある。 2012年3月にスタートしたI fucking love scienceというちょっと過激な名前のサイエンス情報ページだ。その人気ぶりは凄まじく、開設半年後には「いいね!」数が100万を突破し(2013年6月現在では560万以上)、Facebook上で最も人気のサイエンスページの1つとなった。さらに驚くべきことに、このページはたった1人で運営されているのだ。

大自然の神秘的な写真、偉大な科学者の格言、サイエンス好きだけが理解できるジョークなどがアップされる度に多くのコメントが寄せられるこのページで、1件の投稿が大きな話題を呼んだ。それは、このページの管理人がTwitterアカウントを開設したことを知らせる単なる告知だった。多くの人がこの告知に大騒ぎしたのは、その投稿に管理人の写真が添えてあり、その写真が20代前半のキレイな女性のものだったからだ。

この投稿には、管理人が女性であったことへの驚きや、「カワイイー」「結婚してくれ!」というコメントがあふれ返った。多くの人が、こんなにサイエンス好きな管理人は男に違いない、と信じ切っていたのだ。「サイエンス好きといえば男」という思い込みがあまりに広く浸透していることに管理人Elise Andrewは衝撃を受け、「今って本当に2013年?」というツイートを残している

(I fucking love scienceには、投稿の多くが無断転載であるという批判もある)

そうは言っても、理系に女性が少ないのは事実のように感じられる。数学版ノーベル賞とも呼ばれるフィールズ賞の受賞者に女性はいないし、大学で化学専攻だった私のクラスには60人中女性はたった3人だった。ここで、本書のタイトルに立ち返ろう。なぜ理系に進む女性は少ないのか?

本書には、この問いに答えるべく、15組のトップレベルの英米研究家による論説が収録されている。知らない内に思い込んでいたこと、マスメディアに流れる言説が、いかに科学的根拠を欠いたものかを痛感させられる。そもそも、理系に進む女性は本当に少ないのか、という問いから議論する必要がある。例えば、米国の大学における数学での学士号取得者のほぼ半数は女性なのだ。

多くの研究者の論説を一度に読み比べることで、科学者の中で合意が得られている事実、議論が割れている内容が明確に伝わってくる。また、同じデータを取り扱っても、研究者ごとにその解釈の視点、思考のフレームワークが大きく異なるというのも面白い。一流科学者の多様な仮設構築力に触れることができることも、本書の魅力である。

原著は2005年のハーバード大学学長(当時)のローレンス・サマーズの性差をめぐるコメントをきっかけとして、2007年に出版された。サマーズはある講演で、「数学と科学において最も高いレベルの能力を示すのは男性の方が女性より多い」と発言し、全米で大激論を巻き起こしたのだ。多くの批判を浴びたサマーズは、翌2006年に学長の座を辞することとなる。このときに飛び交った科学的事実に基づかない報道や言説のずさんさが、本書の編者に科学者達の意見を取りまとめる必要性を意識させたという。

本書で示される多くのデータで、我々が信じていた差異が幻想であることが証明されていく。しかし、男女で異なる部分も確かにある。例えば、心的回転課題(2つの異なる立体図形が、回転によって同一のものとなるかを判断する課題)では男性が、言語記憶課題では女性が統計的に優位性を示す。このような差異は、どのような進化的背景や生理化学的反応によってもたらされるのか、キャリアの選択にどのような影響を与えるのか。本当に様々な角度から性差は研究されており、予断や偏見が入り込む余地などない。

性差を考えるには、「遺伝か環境か」という問いを避けて通ることはできない。環境が与える影響としては、第10章でジャネット教授が紹介する実験が特に興味深い。大学生の男女を2グループに分け、一方には「男女で数学の試験成績は同じであった」と伝え、もう一方には「過去に数学の試験にジェンダー差があった」と伝える。その後数学の試験を受けさせると、前者では男女間で成績に差が表れなかったのに対し、後者では女性の成績は男性に及ばなかったという。性差に関する誤った思い込みでさえ、性差の原因となりうるということだ。

このジャネット教授は「メタ解析」という、同じテーマを扱った多数の研究結果を扱うための統計学的手法を丁寧に解説している。この第10章を先に読むと、個々の論説がより理解しやすくなるだろう。また、ジャネット教授は2010年にも69にも及ぶ国での結果をメタ解析した論文で、多くの国で数学の試験結果においてジェンダー差が極めて小さいことを報告している。

主に米国のデータを取り扱っている本書だが、訳者はあとがきで日本の現状にも言及している。日本の理系女子は、様々な不利をこうむっているようだ。私たちの誤った思い込みが、誰かのサイエンスへの道の妨げとなっているかもしれない。サイエンスの面白さに気がつくはずだった誰かの楽しみを奪っているかもしれない。先ずは、科学者たちが見つけた事実に目を向けることから始めたい。サイエンスへの道は、サイエンスの力が切り開いてくれるはずだ。

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女性のいない世界 性比不均衡がもたらす恐怖のシナリオ
作者:マーラ・ヴィステンドール
出版社:講談社
発売日:2012-06-22
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「女性のいない世界」という危機はSFの世界のモノだけではない。現在進行形の危機としての女性の不在の実態を描き出す。この世界からは、既に女性が1億人以上も消えている。レビューはこちら

究極の鍛錬
作者:ジョフ・コルヴァン
出版社:サンマーク出版
発売日:2010-04-30
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「遺伝か環境か」という問いの環境面について掘り下げる一冊。超一流の人々はどれほどの鍛錬を行っているのか。究極の鍛錬とはどのようなものなのか。原題は『Talent is overrated』(才能は過剰評価されている)である。

科学はなぜ、どのように重要なのか。理科離れが叫ばれる現代において、科学の源流から読み解きなおす。Kidle版もある。成毛眞のレビューはこちら

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