『死刑でいいです』モンスターと呼ばれて

栗下 直也2013年06月20日 印刷向け表示
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死刑でいいです: 孤立が生んだ二つの殺人 (新潮文庫)
作者:池谷 孝司
出版社:新潮社
発売日:2013-04-27
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「母を殺したときの感触が忘れられなかった」

エロとグロのレビュー担当者を自認しているとはいえ、朝から気味の悪い言葉を記してしまった。山地悠紀夫の言葉である。

2000年、16歳で実の母親を撲殺。少年院を出所後の05年に面識のない姉妹を刺殺。反省を一切見せずに死刑を自ら望み、09年7月28日に25歳で死刑に処せられた山地悠紀夫。本書は彼の人生に迫った一冊である。

親族、医師、同級生、担任教師、少年院仲間、弁護士、出所後に所属したゴト師集団の同僚・・・。本人への取材が難しい中、著者である共同通信社の2人の記者は山地の息づかいが聞こえてくるほど丹念に取材を重ねる。酒乱で家庭内暴力を振るう父、その父が病気で苦しみ、死の間際にあっても見て見ぬふりをする母親。水道が止められ、山地のバイト代までをも母が財布から盗むほどの貧困。発達障害。いじめ。哲学書を愛用する一面。周囲と自ら壁を作り孤立する出所後。ゴト師集団を追い出され完全に失った「居場所」。

複雑に絡み合ってはいるものの、ひとつひとつの要因は決して珍しくない。山地の特異な言説に惑わされ、我々は実像以上にモンスターとしての虚像をふくらませて、事件の一面のみを見ていたことに気付かされる。タイトルと事件の概要から、手に取るのを敬遠してしま人も多そうな本書を敢えて朝っぱらから推す理由もそこにある。単なる殺人者の回想や内面に迫るルポ以上の広がりを持つからである。

凶悪な犯罪者を扱うノンフィクションは心の闇や犯罪の背景、反省や懺悔の有無に焦点をあてる。元死刑囚の永山則夫が自らの生い立ちを語った『無知の涙』以降の定番である。本書自体も山地の深層心理を探るが、彼の人生を追いながら同時に、さまざまな専門家へのインタビューも並行する。そのような作業を通じ、我々とは関係ないところで「異質」な人間が引き起こした二つの殺人を、関わり方次第では防げた問題として我々の眼前に再提示する。山地の人生に迫りながらも、再犯防止ができなかったかという視点が本書には通底しているのだ。

貧困家庭へのフォロー、少年院教育のあり方、出所後の福祉の対応は十分だったのか。山地は鬼畜なモンスターとして葬り去られたが、異質な面があったにせよ、決して突如あらわれたわけではないことを痛感させられる。実際、本書を読んだ後に襲われる感覚は第二の山地や第三の山地の出現を予感させる恐ろしさである。それほどまでに、著者たちは社会的構造の問題を見事に浮き彫りにして、一個人の問題には収斂させない。我々は犯罪者に対して「許す」か「裁く」かの二極論に寄り掛かりすぎてきたのかもしれない。昨今、厳罰化の流れがあるが、「死刑でいいです」と考える人々には全く抑止力にならない。本書で指摘があるように、反省しなくても更生する仕組み、許されなくても再犯しない社会を検討する必要があるのだろう。HONZの編集長も『反省させると犯罪者になります』というタイトルの本を最近、取り上げていたではないか。

と、何だか柄にもなく今日はまじめなことを書いてしまったが、本音を語れば、「死刑でいいですから」と文字通り決死の覚悟の見ず知らずの人に、路上で後ろからいきなり刺されたりして、個人的に死にたくないだけである。多くの人がそんな「自爆テロ」に自分も家族も知人も巻き込まれたくないだろう。本書にあるように遺族はやりきれない。その可能性が極めて極めて小さいことは頭では理解しているが、本書を読むと「何とかしなければ」と無力ながらも真面目に考えてしまう。逆に、今まで、完全な他人事としか捉えてなかった自分を発見する。何とも悲しげなタイトルは、我々の寒々とした心象風景を映し出したものであり、世の中の無関心さこそが最大のモンスターであったことを突きつけてくる。

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無知の涙 (河出文庫―BUNGEI Collection)
作者:永山 則夫
出版社:河出書房新社
発売日:1990-07-10
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4人を射殺した少年は獄中で、本を貪り読み、生まれて初めてノートを綴った。

反省させると犯罪者になります (新潮新書)
作者:岡本 茂樹
出版社:新潮社
発売日:2013-05-17
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HONZ編集長、土屋敦のレビューは こちら

死刑執行人の日本史―歴史社会学からの接近 (青弓社ライブラリー)
作者:櫻井 悟史
出版社:青弓社
発売日:2011-01
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死刑が執行されるとなると、当然だが、死刑を執行する人が必要になる。だが、本書はこう指摘する。「現代日本では刑務官が死刑を執行しなくてはいけない根拠はない」。

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