6月のこれから売る本-さわや書店フェザン店 田口幹人

田口 幹人2013年06月26日 印刷向け表示
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HONZをご覧の皆様、はじめまして。岩手県盛岡市のさわや書店フェザン店に勤めております田口幹人です。この度、HONZのこれから売る本のコーナーで、当店の注目している時代小説・歴史小説をご紹介するというご縁を頂きました。時代小説の隆盛期を迎えている今、北国の小さな本屋の店員が魅力をどれだけお伝え出来るかわかりませんが、素敵な本との出会いのお手伝い、一冊でもお役に立てれば幸いです。よろしくお願いいたします。

巨鯨の海
作者:伊東 潤
出版社:光文社
発売日:2013-04-18
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六月といえば一年の折り返し。当店の店頭でも半年を振り返る季節となる。今年の上半期もたくさんの本との出会いがあった。まずは、上半期に読んだ本を振り返ったとき真っ先に浮かんだ歴史小説・伊東潤著『巨鯨の海』からご紹介させていただきたい。

著者の伊東潤氏は、二度の直木賞候補、今年に入り『国を蹴った男』で吉川英治文学新人賞を受賞するなど、当店が今一番注目している歴史小説の書き手だ。『城を噛ませた男』『国を蹴った男』という乱世の時代を立て続けに描いてきた著者が次なる題材として選んだのは、江戸時代から明治時代にかけての紀伊半島の漁村・太地(たいじ)を舞台とした古式漁法「組織捕鯨」を行う漁師たちの暮らしだった。

舞台こそ太地に固定されているもが、登場人物も時代背景も違う六つの短編で構成されている本書は、今までの作品とはテイストが違うものの、著者のストーリーテラーとしての実力を存分に見せ付けてくれた作品に仕上がっている。

人間と鯨の命をかけたやりとり。小さな人間が、手漕ぎ船に乗り網と銛を手に荒れ狂う海で巨大な鯨に立ち向かうために組織を組む。組織内の信頼関係の崩れは、そのまま死につながる。信頼関係と絆を裏付けるために作られた独自の厳しい掟。掟に縛られて暮らす閉鎖的な共同体で暮らす人々の描写は胸に迫るものがあった。

時代を変えることで見えてくる太地という掟に縛られた閉鎖された村の変遷は、歴史とは人間が抗うことができない時の流れの積み重ねなのかもしれないと実感させてくれる。もちろん、著者の真骨頂である繊細でダイナミックな合戦劇も健在だ。弓や刀を銛や網に変えた捕鯨の場面の描写の迫力には圧倒されること間違いない。歴史小説としてはもちろんだが、超一級の海洋冒険小説としても楽しめる作品となっている。歴史小説というジャンルを越え2013年の上半期を代表する傑作だ。お見逃し無く。

日輪の賦
作者:澤田 瞳子
出版社:幻冬舎
発売日:2013-03-21
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続いては、当店で今年の上半期を代表する時代小説だと信じて疑わない一冊・澤田瞳子著『日輪の賦』をご紹介させていただきたい。本書は、第17回中山義秀文学賞を史上最年少で受賞した『孤鷹の天』、第三十二回新田次郎文学賞と第二回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞した『満つる月の如し 仏師・定朝』に次ぐ著者の三作目の作品となる。

奈良時代、国を憂い、理想に殉じた大学寮の若者たちのひたむきな姿を描き、天平版『官僚たちの夏』といわれた『孤鷹の天』、平安時代稀代の仏師と彼を支えた一人の僧侶との絆を描いた『満つる月の如し 仏師・定朝』は、いずれもあまり馴染のない時代を描いているからだろうか、ご存じない方も多いかもしれない隠れた名作だと思う。未読の方はぜひお読みいただきたい。

さて、『日輪の賦』。ときは七世紀の末、壬申の乱後の混迷の時代。主人公は、白村江の戦いに敗れ海の向こうの大国の侵略に怯えつつ、国家存亡の危機を前に国の仕組みを変え、中央集権体制を目指すべく新しい律令の編纂を進めた女王讃良大王(持統天皇)と、讃良大王の理想を支えた阿古志廣手の二人。改革を急ぐ讃良大王と改革に反対し既得権益を守りたい豪族たちとの対立が激しくなる。両者の思惑が入り乱れた壮絶な争いの大宝律令を制定するまでの壮大な物語だ。

奇しくも憲法改正論議の活発化、尖閣諸島や竹島、そして北朝鮮問題などの東アジアの国々との外交問題、中央と地方の主導権争いが繰り広げられている政治状況など、今の日本の置かれている状況に似ている。いつの時代も人間の業と欲は変わらないのだろうか。今の日本の政を司る政治家や官僚の方々の中に、未完の国「倭」を「日本」という国にすべく大宝律令に託した讃良大王の想いが引き継がれていることを願いながら、この壮大な「日本」という国家の誕生した時代に思いを馳せてみてはいかがだろうか。

吉井堂 謎解き暦 姫の竹、月の草 (双葉文庫)
作者:浮穴 みみ
出版社:双葉社
発売日:2013-05-16
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続いては、がらりと趣を変え注目の文庫作品・浮穴みみ著『姫の竹、月の草』のご紹介を。近年の時代小説の隆盛を支えているのは、女性作家の台頭にあるといっても過言ではない。読者の広がりとともに、時代小説の人気ジャンルが剣豪ものから人情もの移りつつある。そこには、女性の持つ豊かな感受性をベースとした作品の功績が大きいのではないだろうか。そんな時代小説界に、また今後の活躍が期待される有望な女性作家が誕生した。第三十回小説推理新人賞を受賞した『寿限無』から始まる連作ミステリー小説だ。

手習い所・吉井堂を営む兄妹が、巷の何事件に挑む。賞の性質上、ミステリーの要素がふんだんに盛り込まれているのはもちろんだが、それ以上に注目していただきたいのは、季節の創出のうまさだ。その季節感が絶妙に謎に絡み、血のつながらない兄と妹の深みをあたえている。妹奈緒の出生の秘密が明かされるくだりはこみあげてくるものは、時代設定が現代であっても通用するものだろう。そういう意味で、時代小説を苦手とする方にもおすすめできる作品となっている。ぜひ新たな書き手の船出を共に祝っていただけたら幸いです。

また来月お目にかかります。

田口幹人

さわや書店フェザン店店長

酒と本をこよなく愛す中年書店員。趣味は山菜やキノコを求めての山歩き。

さわや書店フェザン店

〒020-0034

岩手県盛岡市盛岡駅前通1−44

盛岡駅駅ビル「フェザン 」南館1F

TEL:019-625-6311

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