『どんくさいおかんがキレるみたいな。』じぇじぇじぇっと驚く言葉の伝播

東 えりか2013年07月06日 印刷向け表示
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書店で目に付き「あ、この人好きなんだ」と購入。読み始めてから「読んだことがあるぞ」と気づくことは、いつも本を持っていないと落ち着かない活字中毒者によくある話である。大概が、単行本から文庫化するにあたって改題された本だ。そのガッカリ感というか残念な気持ちは何度味わっても嫌なものなのだが、他に本を持っていないので仕方なく惰性で読んでいると、もともと好きな作家だから結局最後まで読んでしまい、アーモンドグリコのように「一粒で二度美味しい」思いをする。

正に本書がそれであった。成毛眞の『面白い本』にも取り上げられている『全国アホ・バカ分布考』の続編ともいえる本書は2010年『「お笑い」日本語革命』というタイトルで出版された。『アホ・バカ』は関西の朝日放送で放映されていた『探偵ナイトスクープ』という番組で取り上げられた「アホとバカの境はどこか」という調査から始まり、全国で使われている「アホ・バカ」のバリエーションを地図にした、壮大な傑作ノンフィクションであり、本書は、最初は方言であった言葉が、どのように人口に膾炙したかを調査したものだ。大評判の「あまちゃん」の“じぇじぇじぇ”も同じ道を辿るかもしれない。

松本修はこれらの本を纏め上げた朝日放送のプロデューサーである。いわゆるバラエティ畑を歩み、現在でも第一線で活躍している。ここ2~30年、日本人の話し言葉の流行に、テレビ番組がどれくらい関与したのかを調査、考察していく。

例えば30年ほど前まで「どんくさい」という言葉は知られていなかった。かつては関西の一部で用いられていた「のろい、にぶい」といった意味のこの言葉が、いつの間にか東京の人の口に上るようになったのは、松本の仕掛けであった。関西ローカルの番組「ラブアタック!」が好評のため全国ネットに昇格し、司会の上岡龍太郎が盛んに使ったこの言葉が定着したのではないかと言う。

私は関東の出身だから、関西弁というと吉本新喜劇のなんともクドイお笑いの印象が強い。繰り返されるギャグは面白いとは思わなかったし、口真似したいと思ったことも無かった。しかし「どんくさい」は、最初は違和感があったものの、いつの間にか使うようになっていた。多分、関西人が使うよりもっと強い口調で。

では「マジ」はどうか?80年代初頭、若い女性は「三語族」と呼ばれていた。ウッソー、ホントー、カワイイーの三語で会話が進むからだが、いつのころからかウッソー、ホントーが一言の「マジ」になってしまった。

この言葉の流布もやはり関西の芸人が関わっている。深夜放送「鶴光のオールナイトニッポン」はこてこての関西弁で終始語られる、ちょっとエッチな番組で、小学校高学年から中学生の男の子に圧倒的な人気を誇っていた。どうやらここから火がついたらしい。松本は丁寧に関係者へのインタビューを重ねていく。

会話のテンポを切らさない「みたいな」のルーツ、今では若者ばかりか政治家にまで使われる「キレる」と言う動詞の伝播など、江戸時代の資料まで駆使し、言葉の変遷をたどっていく。現代用語の基礎知識をはじめ、タレントたちが出した本もつき合わせ、流行の突端はどこであったのかを突き止める。いやはや根気のいる仕事だ。

最後は「おかん」という言葉。言うまでもなく母親に対する呼びかけだが、実は関西でもあまり使われていなかった。増してや「おとん」は新しい言葉だという。大阪人でも汚い言葉だと思われていた「おかん」はどのように認知されていったのか。

作られた流行語とは少し違う。使っている当事者はいつもの普通の会話なのだ。しかし今まで使っていなかった者も、何度も聞いているうちに使いやすさや汎用性に気づきいつの間にか広がっていく。テレビという巨大な広報装置で距離も時間も関係なく広がりを見せる日本語は、かつて松本の調べた「アホ・バカ」の分布とは呼応しない。お笑いというパワーがテレビを通じて作った新しい日本語文化について、初めて考察した意欲作である。

全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路 (新潮文庫)
作者:松本 修
出版社:新潮社
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エンターテイメント・ノンフィクションの白眉だと思っている。未読の方はぜひ!

日本語って面白いなあ、と実感させてくれる。爆笑必至の栗下直也のレビューはこちら

「お笑い」日本語革命
作者:松本 修
出版社:新潮社
発売日:2010-10
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  • 丸善&ジュンク堂

親本である単行本の出版当時に成毛眞が絶賛していたレビューはこちら

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