『世界が認めたニッポンの居眠り』 ギンギン!って言われたい。

高村 和久2013年07月19日 印刷向け表示
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世界が認めたニッポンの居眠り 通勤電車のウトウトにも意味があった!
作者:ブリギッテ・シテーガ
出版社:阪急コミュニケーションズ
発売日:2013-06-13
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この本を読み始めた日は、朝早く出社する日だった。日頃と違って、すいている車両。ちょうど1つ空いていた席に座り、本を開いた。今日はラッキーだ。著者は、ウィーン大学の日本学研究所で睡眠の研究をした後、ケンブリッジ大学東アジア研究所の先生になった人だ。居眠りは、日本特有のものだという。

ヨーロッパでも通勤客や長距離旅行者が車内で眠ることはあるが、座っていようと立っていようと勤労者がこんなに頻繁に、こんなに多くの場所で、しかもありとあらゆる姿勢で眠っている国を私は今まで旅したこともないし、そうしたことを耳にしたこともない。

ふと見ると、対面の席に座っている7人のうち5人が寝ている。朝早いこともあるが、たしかに思い思いの格好で寝ている。残りの2人はスマホを見ている。立っている数人のうち1人も寝ている。本書の表紙を見る。「通勤電車のウトウトにも意味があった!」本書のオビを見る。「なぜ日本人は降車駅に着くと、突然ニョキっと立ち上がるのか?」この本を読めばわかるとでもいうのか?というか、「ニョキっと立ち上がる」という表現が斬新だ。「っ」が小さいひらがなのあたりに日本人の細やかな心遣いが感じられる。

ふと気になって横を見ると、こちら側の席も、私以外は全員寝ている。1人は本を読みながら寝ている。私は、『世界が認めたニッポンの居眠り』を読んでいる。前を見ると、起きていた2人が今は寝ている。スマホを見ながら寝ている。今、私以外、全員寝ている。私は『世界が認めたニッポンの居眠り』を読んでいる。これがノンフィクションのすごさなのか。私は、静かに本を閉じ、そして寝たのだ。

いやいや、このままでは日記になってしまう。紹介しなければならない、世界が、何を認めたのかを。本書がドイツ語で出版されてから、著者は多くのテレビやラジオ番組に呼ばれ、新聞や雑誌にも取り上げられ、インスパイアされた建築家が「inemuri space」を作り(これだろうか)、音楽グループが「inemuri」というCDを出した(これだろうか)。

本書によって「イネムリ」という言葉がドイツ語圏で普及したことは確かです。おそらく「イネムリ」は、「サムライ」や「ツナミ」ほどではないにしろ、かなりよく知られた日本語だと思います。とはいえ、多くの人は「日本式うたた寝」として、ちょっとオシャレな感じで使っているようですが…

サムライと比較されるとはかなりの認知度である。そんなにすごいのか。オシャレな「日本式うたた寝」というのも気になる。いつだったかアメリカでカツ丼を頼んだら、チキン・オア・ビーフ?と聞かれたことを思い出す。もしかして、ドイツの居眠りはすごいことになっているのではないだろうか?あの時はビーフのかつ丼にブロッコリーが乗ったのだ。ドイツの日本式うたた寝が『ジョジョの奇妙な冒険』のようになっていても全然おかしくない。ゴゴゴゴゴ…

いやいやいや、ゴゴゴではなかった。これだけは、書いておかねばならない。「イネムリ」ブームは、著者としては意図せざる成果であり、本書の本質は文化人類学であることを。本書は日本の睡眠文化を平安時代の夜這いや江戸時代の不定時法まで遡り、返す刀で昭和30年代から今までをインタビュー調査し、日本人の私の目からもウロコがハラハラと落ちる内容がたくさん書かれていることを。電車でのイネムリのみならず、会社、学校、国会、さまざまな場所での居眠りについて社会学的な考察をしていることを。各国の睡眠文化を「単相睡眠文化圏」「シエスタ文化圏」「多相睡眠文化圏」にタイプ分けし、さらに、多相睡眠文化圏についてはモノクロニック文化(物事を1つずつ順番に処理する)とポリクロニック文化(物事を同時に進行する)に分類し、多相睡眠・ポリクロニック文化の高効率性について考察していることを。これだけは、書いておかねばならない。エチオピアのアリ族では、歓談中に思わず寝入ってしまった人が全員から「ギンギン!ギンギン!(まぶたを閉じるの意)」とはやしたてられ、当人は「私は寝ていない」と否定するのがお約束なことを。それがまるで、『全然酔ってません』の栗下直也のようだと思ったことを。

積極的に居眠りしたくなってくる事例も多い。サルバトール・ダリは片手にスプーンを持って居眠りし、スプーンが手から落ちて目覚めることを繰り返してインスピレーションを得たそうだ。CTを使った研究では、眠り込んだ途端に左脳は休息に入ったが、右脳は活発になった。居眠りのような超短眠によって、右脳による創造的な発想が可能になるという。20分程度の睡眠は脳のリフレッシュにもなるらしい。著者も、居眠りしながら研究していたのだろうか。


眠りながら23km運転する人もいる。久保洋介のレビューはこちら

眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎
作者:ダニエル T.マックス
出版社:紀伊國屋書店
発売日:2007-12-12
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言わずと知れた、「成毛眞 オールタイムベスト10」。レビューはこちら


ほぼ日の睡眠論。(ほぼ日刊イトイ新聞)

連載当時は、毎日更新がたのしみでした。充実のシリーズです。


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