『パラサイト』 世界は寄生虫であふれてる!

土屋 敦2013年07月23日 印刷向け表示
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パラサイト―寄生虫の自然史と社会史
作者:ローズマリー ドリスデル
出版社:地人書館
発売日:2013-06
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寄生虫の本であるにもかかわらず、まず最初に著者が取り上げるのは、旧約聖書に書かれた「エリコの戦い」だ。Battle of Jerichoと書けば、ジャズやゴスペルファンならピンと来るかも知れない。黒人霊歌「Joshua Fit The Battle of Jericho」で歌われた、モーゼの後継者ヨシュアがカナン人の都市エリコを攻略した、約3000年前の戦闘である。

聖書によれば、ヨシュア率いるイスラエルの民たちが角笛を吹き鳴らすとエリコの城壁が崩れ落ち、事前にヨシュアの斥候と通じた娼婦ラハブとその親戚を除き、エリコの人々は皆殺しにされる。そしてヨシュアは「町を再建する人は主の前で呪われるだろう」と宣言して、エリコの町を廃墟としてそのまま打ち捨てる。

著者は、水源をただ1ヵ所のオアシスに頼るエリコの環境と、聖書に記されたエリコの町の出生率の低さから、住人のほとんどがビルハルツ住血吸虫に寄生されていたと推測する。まずはこの住血吸虫に感染した旅人がエリコに立ち寄り、尿とともに寄生虫の卵がエリコ水源に侵入して住民たちが感染、感染者が増えるほどに唯一の水源はさらに汚染され、ついにはほぼすべての住人が感染するに至る。そのため流産が増え、多くの子どもが10代で死ぬ。ビルハルツ住血吸虫は膀胱や肝臓や肺に達して慢性疾患を生じさせ、大人たちは痛みに苦しみ、歩くのがやっとの状態。そんな疲弊しきった町をヨシュアらは襲ったのではないか、というのだ。

そして著者は、エリコを再建しないどころか、呪いの言葉を唱えてその後何世代も無人の土地として放置したヨシュアを「公衆衛生の仕事を最初に行った人」と位置づける。人が長く住まなかったゆえ、エリコの水源で宿主を待つ寄生虫たちは死に絶えたからだ。ヨシュアをそんな形で評価した人は、人類史上、著者が初めてなのではなかろうか。

実はエリコの話は、もう過ぎ去った遥か太古の出来事というわけではない。著者は話を一気に現代まで持って行き、1964年にガーナで建造されたアコソンボ・ダムによって生まれた世界最大級の人工湖ヴォルタ湖周辺で、子どもの9割がビルハルツ住血吸虫に感染したことを取り上げる。1993年、世界保健機関は「ガーナで計画的に作られた数百の貯水池はすべてビルハルツ住血吸虫に汚染されている」と報告、今も汚染は続いているそうだ。旧約聖書の時代とまったく変わらない寄生虫と人間の関わりが現代にも存在するのだ。

こんなふうに、目に見えないほど小さなパラサイトたちの話を人間社会のマクロな視点で語るのが、この本のいちばんの面白さである。これに加えて寄生虫の生態そのものも、もちろんしっかり語られる。副題に「自然史と社会史」とあるだけあって、社会学的視点と科学的記述が、本書の両輪となっている。

例えば、1940年代、味見のために生焼けのソーセージをほんのひと口かじったために旋毛虫に感染したカナダの主婦・イーディス・ベケットさんを取り上げたくだりでは、豚肉検査におけるヨーロッパとアメリカのつば競り合いや豚の飼育法の変遷などに触れつつ、人間の体が寄生虫に占領されていく様を克明に描く。

ソーセージひと口には、1000を超える旋毛虫がおり、小腸の柔らかい内壁を針のような体を突き刺して細胞内に侵入、有毒な排泄物を出しながら組織を喰らう。成虫となり、雌と雄が交尾すれば、一匹の雌は何百という幼虫を生む。幼虫たちは腸の組織を離れてまずリンパ系に入り、血管に至って体中に広がり、再び血管壁に穴をあけて、心臓を始めとする臓器やその他の組織に侵入する。その過程で、嘔吐、下痢、リンパ系の腫れ、嚥下障害、体を動かせないほどの筋肉の激烈な痛み、呼吸困難などを宿主にもたらすのだ。

旋毛虫は最終的に筋肉細胞を乗っ取り、分厚い細胞壁を持ったナース細胞というものを作る。そしてナース細胞の中心に丸まって、30年にわたって生き続ける(寄生虫目線で言えば、旋毛虫たちはナース細胞のなかで、イーディスさんの肉が別の生きものに食べられるのを30年間待ち続けるわけである)。

たった一度、ほんのひと口の味見が、体内におそろしい惨事をもたらす。このリアルな記述が、豚肉処理の法律の変遷などとともに語られると、いわゆる「文系の歴史本」にはない説得力がぐっと生まれる。

他にも本書には興味深いエピソードが満載である。例えば、カンタベリー大司教・聖トーマス・べケットが殺されたとき、その服から膨大な数のコロモジラミが湧き出てきた話(死んで体温が下がったのを感じたシラミたちが新たな宿主を探すために出てきたのだ)から、シラミと人間の深い付き合いを語り(シラミペーストが頭痛薬だったことも!)、ベトナム戦争時の兵士たちのマラリア感染を語りつつ、抗マラリア剤開発がベトナム戦争の勝敗を分けた可能性を指摘する(中国が開発した薬草由来の薬のほうが、アメリカが開発した薬剤より効いたのである)。

さらに、タルタルステーキが好きでトキソプラズマ症に冒されていたテニス選手ナブラチロワと彼女の訴訟の話や、寄生虫から犯罪者を特定する法医寄生虫学の話、実際には寄生虫がいないにもかかわらず、自分の体を小さな虫が這い回っていると主張する寄生虫妄想症のことなど、ぞわぞわしながら読み進みつつも、面白くてやめられないのだ(ちなみにわたしは本書に登場する寄生虫たちをいちいちググってその形状を眺めつつ読んだ。よりぞわぞわしたい方にはおすすめだ。ただし軽い気持ちで画像検索すると後悔することとなるだろう)。

それにしても、人と寄生虫は、なんと分かちがたい深い深い絆で結ばれているのか。人類史はパラサイトの歴史でもあると痛感するとともに、食べ物はもう絶対火をしっかり通して食べようと、固く心に誓った次第である。

死体につく虫が犯人を告げる
作者:マディソン・リー ゴフ
出版社:草思社
発売日:2002-07
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法医寄生虫学は法医昆虫学がより進化したものともいえるかもしれない。この分野も非常に興味深いです。

ぞわぞわした生きものたち 古生代の巨大節足動物 (サイエンス・アイ新書)
作者:金子 隆一
出版社:ソフトバンククリエイティブ
発売日:2012-03-19
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巨大ムカデもいやだが、目に見えない寄生虫よりはましな気がしてきた。成毛眞のレビューはこちら

ヒトは食べられて進化した
作者:ドナ・ハート
出版社:化学同人
発売日:2007-06-28
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寄生虫も人間を「食べている」わけで、きっと進化に大きく関わっているのでしょうね。

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