涼やかに心を打たれる。『すてきな地球の果て』

土屋 敦2013年08月13日 印刷向け表示
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もはや異次元と言ってもよい暑さのなか、とびきり涼しそうな本が目に止まった。こちらである。

すてきな地球の果て (一般書)
作者:田邊 優貴子
出版社:ポプラ社
発売日:2013-08-06
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カバー表1には真っ青の澄んだ空と一面に広がる氷。ページをパラパラとめくれば、ところどころに写真が挟み込まれ、ペンギンや氷河、オーロラなど、極地のまことに涼しげな光景が映し出されている。

著者は、夏は北極、冬は南極、春と秋は東京で暮らしている、という。となれば、今は北極? なんとウラヤマシイんだ! と思ってしまったが、冷静に考えれば、北極は安易にウラヤマシイなどとは言えない過酷な場所であろう。とは言え、本書を読めば、その過酷さを思いつつも、さらにウラヤマシイ気持ちになってしまうのは間違いない。

べつに趣味で極地に行っているわけではない。著者は極地や高山の植生などを研究する植物生理生態学者である。つまり、北極や南極で野外調査をしているわけだが、この本では研究内容についてはあまり語られない。あくまで、極地の息を呑むような素晴らしい風景とそれを見た自分自身の感動が綴られる。

「子どものころから極北の大地や風景に強烈な憧れを抱き続けていた」という著者は、大学時代にカナダ、北欧、アラスカなどへの旅を続ける。そして、アラスカのブルックス山脈周辺でオーロラを見る。

オーロラはみるみる輝きを増し、激しく形を変えながら一瞬にして全天を覆ってしまった。オーロラの光で針葉樹林のシルエットが浮かび上がり、一瞬燃えるような強い光に変わると周囲の山々が緑色に染まった。不気味なほどの静寂の中、空から音が聞こえてくるような気がした。私の鼓動は速くなり、気がつくと涙がにじんでいた。

このアラスカの旅が忘れられずに、彼女は人工の光合成システムの研究をやめて国立極地研究所の大学院に編入、ついに「しらせ」に乗って南極に行くことになるのだ。

南極にはどんな世界が存在しているだろう。

どんな音、どんな色、どんな光、どんな風、どんな匂い。

人間が決して根づくことができなかった世界はどんなものなのか。

生命の気配は本当にないのか。

どんな音が聞こえるか、ひとつひとつ音を数えてみよう。

どんな匂いがするか、ゆっくり空気を吸い込んでみよう。

私は何も思うのだろう、何を感じ、見つけるのだろう。

なぜ自分がこの世界で生まれて生きているのか、

もしかしたらほんの少しはわかるのかもしれない。

「どんな音、どんな色、どんな光、どんな風、どんな匂い」ーーどこかつたなさも感じる、飾り気のないまっすぐな文章と、なんの衒いもない、真っ正直で実に美しい写真とで、彼女は懸命にそれを伝えてくる。

アデリーペンギンやユキドリなどの生きものとの出会い、驚くべき南極の池の底の光景、ホッキョクヒナゲシをはじめとする、北極の夏に咲く小さな花々……。文章とともにその写真を眺めれば、こちらの心も実にさやわかな気持ちになってくる。

白眉は、南極の小さな湖に潜る9〜10章と、幼いアザラシについて書かれて11章だろう。特に、数百年〜数千年前に死んだと思われるミイラ化したアザラシの赤ちゃんと、それを取り囲むコケや次衣類の写真、そしてその写真が語るストーリーには深く感動した(実は、ググればネットでその写真を見つけることもでき、またその文章を読むこともできる。しかし本書の装丁の涼やかで端正な佇まいと、写真の美しさを考えるたとき、本書を「紙の本」として購入することを強くおすすめしたい)。

ところで、彼女の祖母は遺伝性の難病を抱えていたそうだ。脊髄小脳変性症。彼女の母が中学生のときに祖母は歩けなくなり、著者にとっての祖母はいつも座っているか寝ているかの状態だった。親から子へと遺伝はするものの、発症の確率は徐々に下がり、発症年齢も上がり、症状も軽減する場合が多いというが、やがて著者の叔父たちや母にも同じ症状が現れ、一番上の叔父は自殺したという。

徐々に生きるということの虚無感のようなものが、私につきまとうようになっていた。

だからこそ彼女は極地を目指した、と短絡的な結論を出すつもりはないが、人が「生きられない」極地の過酷な環境とあまりに美しい光景が、彼女自身に虚無感を払拭するような「生きている」という強烈な感覚を与えているのは間違いない。

 なんて人間を寄せつけない世界だろう。

いや、人間だけではない。生き物という生き物すべてを拒絶するような世界。氷のわずかな隙間から、地球がそのまま剥き出しになっただけだ。

遥か何億年も昔、生まれたばかりの頃の地球はこんな姿だったのではないだろうか。自分が今ここに存在していることや、こうやって生きているのが一体いつなのか、まるでわからなくなってしまう。

窓の外を眺めながら、人間が刻んできた時間などはすべて消え失せ、自分も、この世界も、時間も、漠然としていて、脆い、抽象的なものになっていくのを感じていた。

このような哲学を彼女に与えた南極の光景は、一方で次のような言葉を引き出す。

 私はなんて素晴らしい世界に生きているのだろう。この世界に生まれていきたことや、生きていること、それ自体意味のあることではないのかもしれない。が、私は今見ているこの光景だけで、そのことを心から肯定できると思った。

陳腐さ伴いかねないような、素直すぎるこの言葉が、極地の圧倒的な風景とともに、実にリアルに響く。あまりに小さく無力な人の生と、それを徹底して肯定する「生きている」実感……。

著者はわれわれよりはるかに切実な思いでこの地球の風景を見ている。その切実さこそが、読み手の心を打つのだろう。

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著者の南極ぐらしの様子は、こちらでも。

Webナショジオ 南極なう
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