『日本の覚悟』文庫解説 by 安倍 晋三

2013年8月16日 印刷向け表示
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日本の覚悟 (新潮文庫)

作者:櫻井 よしこ
出版社:新潮社
発売日:2013-07-27
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抜群の歴史認識、ぶれない主張

権威におもねることも、大勢に身を任せることも、よしとしない。この国のあり方について、言うべきことは穏やかに、しかしピシャリと言う。櫻井よしこさんの「覚悟」はいつも決まっている。

 

どんなに激しい議論の中でも、物腰は変わらない。その姿はときに、生徒を諄々と諭す教師のようにも映る。一方、メッセージは強烈だ。日本の国益とは何か。真の自立を達成するために何をすべきか。近現代史に関する知識と洞察力は群を抜いており、それをふまえた主張はぶれない。現実ばなれした理想論や感情論は容赦なく退けられる。やわらかな声だが、不思議とよく通る。

 

そうやって国を想い、精力的に発言しつづける櫻井さんが正論大賞を受賞した。受賞から間をおかず上梓される本書は、週刊新潮での連載コラムをまとめたもの。ただまとめたのではない。2年分(約100本)から45本を選び、大幅に加筆してある。各章のタイトルを見れば、骨格がわかる。
  

〈第一章〉大戦略で日米同盟を立て直せ
〈第二章〉横暴国家・中国に迎合するな
〈第三章〉民主党よ、現実を直視せよ
〈第四章〉確かな言葉で「価値観」を語れ
〈第五章〉国益を守り、国力を維持せよ
〈第六章〉攻めの外交で進路を切り拓け

 

新潮社は「著者渾身の国家論!」というコピーをつけているが、なるほど、これはまさにそうした構えの本に仕上がっている。日本の周辺諸国の動向、その対日政策、日本の防衛、外交、内政――読者はページを繰るごとに、内外の情勢と処し方について個人レクチャーを受けているようなきもちになるだろう。私も1人の日本人として読んだ。

 

コラムは時系列に沿って置かれているので、順を追って読めば、著者の2年間の着眼と思考回路を追体験できる仕掛けにもなっている。驚くのは、内容がまったく古びていないことだ。たとえば巻頭コラムはこう始まる。

「2008年10月19日夕方、中国の軍艦4隻が船団を組んで津軽海峡を横断し、日本海側から太平洋側に抜けた」

そのうえで櫻井さんは、中国の情報収集艦が2000年に津軽海峡を横断してから8年後に今度は戦艦が堂々と日本の領海を横切るようになった経緯を記し、この「異形の大国」が着々と海軍力を強化していることに注意を喚起する。ひるがえって、北朝鮮に対する制裁解除やインド洋における給油問題をめぐり、ぎくしゃくする日米関係をどうすべきか、読者に問いかけている。

 

中国の軍拡。米国の対日、対中、対北朝鮮外交のぶれ。いまも変わらない構図を、執筆時点で的確にとらえていたということだ。しかも、戦艦横断の8年前の情報収集艦横断も引き合いに出すことで、目の前の現象を時間の流れの中に位置づけている。だから息が長く、色褪せない分析になるのだ。

 

さて、第3章あたりからは、民主党への異議申し立てがぐっと増えている。民主党政権の問題点は、櫻井さんの指摘している「異形の大国」中国に対する認識がなく、当然、戦略をもちあわせることのないまま、政権に就いてしまったことだ。尖閣の出来事は起こるべくして起きたということが、この本を読めば明らかになる。

 

櫻井さんは参院選での民主党敗北を受けて、こう書いた。

「政治が目指すべきことは、この不安定な政治からの脱却である。日本の大目標を思い描くことの出来る人々が集まり、政権を担う気概を示すときだ」

「正体不明の民主党や、存在意義を失った自民党の枠を越えて、確かな価値観に基づいた国作りのための新たな政治勢力を結集するのがよい」

新戦略を練り、素早い判断で行動しなければ食いつぶされる新たな覇権争いの時代。最も「覚悟」を問われているのがわたしたち政治家であることは言を俟たない。

(『波』2011年3月号より再録、第90代・第96代内閣総理大臣 安倍 晋三)

 

 

 

 

新潮文庫
読者の高い知的欲求に充実のラインナップで応える新潮文庫は1914年創刊、来年100年を迎えます。ここでは、新潮文庫の話題作、問題作に収録された巻末解説文などを、選りすぐって転載していきます。新潮文庫のサイトはこちら

 

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