『潜入ルポ 中国の女』文庫解説 by 金 美齢

本の話 WEB2013年08月23日 印刷向け表示
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潜入ルポ 中国の女 エイズ売春婦から大富豪まで (文春文庫)
作者:福島 香織
出版社:文藝春秋
発売日:2013-08-06
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「中国の女、台湾の女そして日本の女」──「場の力」が女を創る

二〇一三年のゴールデンウィークの休み中、資料を整理していたら、古い新聞の切り抜きが出てきた。そのいくつかが福島香織さんの記事だった。北京駐在としては初めての日本人女性新聞記者ということで、彼女の記事はいつも注目していたのだ。

福島さんに初めて直接会ったのは、二〇〇一年十二月の台湾の立法院・地方首長選挙のときだったと思う。当時、産経新聞の台北支局長だった矢島誠司さんに引き合わせてもらった。私は「台湾大地震(一九九九年九月二十一日)であなたが書いた記事、すごくよかったわ。あなたの記事、愛読している」と褒(ほ)めたのを覚えている。それは、地震で娘を失った母親に躊躇(ちゅうちょ)しながら取材しようとした福島さんが逆に励まされたエピソードを書いたもので、悲しみの中でも他者への配慮を忘れない台湾女性の優しさ強さを描いていた。

福島さんが北京勤務を終えて日本に帰ってきた後にお会いしたときも「あなたの記事はすごくいい」と褒めたら、彼女は「実は私の記事は知識人女性にはウケが悪い、と言われているんです」と言う。

当時の中国総局長・伊藤正さんが、知り合いの知識人女性から、福島さんの記事には“女の媚(こび)”があって嫌いだ、と言われたそうだ。その話を聞いた福島さんは「金美齢さんは私の原稿が好きだと言ってくれましたけれど」と反論すると、伊藤さんは「金美齢さんは、あれは女じゃないから」と返したそうだ。私はそれを聞いて、思わず噴き出した。伊藤さんは直接存じ上げないが、私のことを「女じゃない」と言うその顔が目に浮かぶようだったからだ。この「金さんは女じゃない」と言う発言は、褒め言葉だと感じた。日本語の「女」の中には「女々しい」「か弱い」「媚」「従順」「控えめ」といったイメージがあり、まるっきり人に媚びず、毒舌で言いたい放題の「金さん」は、確かに日本人男性の女イメージの疇範(はんちゅう)外だろう。だが「女」を超えた「人間」として評価してもらっているという点で、「女じゃない」と言われることは、むしろ光栄なのだ。

福島さんから、本書『潜入ルポ 中国の女──エイズ売春婦から大富豪まで』の「解説」を寄稿してほしいと頼まれたとき、この昔話を思い出した。「女じゃないと言われた金さんだけど、人間として中国の女も台湾の女も日本の女も深く知っているはず」と彼女は言う。なるほど、そう考えればこの本の「解説」を書く適任者かもしれない。

私は本書を読みながら、亡き夫・周英明の言葉を思い出していた。

「中国人は才能豊かな人は少なくないが、中国国内ではなかなか発揮できず、それは外の世界に出たときに開花する」

なぜか。一つに中国は人間が多すぎる、ということ。そして国土が広すぎる。そのため、チャンスが不平等で格差が大きくなる。本書の中にはそれこそ千差万別の女性が紹介されている。同じ国の人間とは思えないくらいの格差がある。エイズになっても男の子が欲しいと赤ん坊を生み続ける貧困農村の女性から、大富豪や動物愛護のセレブまで。ただこの女性たちの中で一つ言える法則があるとすると、才能を開花させ自分らしさを見つけ、成功したと言えるのは、中国の外に出た経験がある人ばかりだということだ。製紙業の大富豪も動物愛護運動のセレブも漫画家のパイオニアも人権活動家も八〇后(バーリンホウ)作家も海外に飛び出して、その才能に目覚めた。そして底辺の売春女性たちも、日本人と結婚して外にでれば人生の転機が訪れると信じている。

台湾外省人作家の柏楊氏がその著書『醜い中国人』(光文社)で中国のことを「漬物甕(がめ)文化」と指摘している。中国ではいかなる才能のある人も、ドロドロの中国文化に漬け込まれてしまい、鮮度が失われて同じにおいのする「漬物」になってしまう。あの土地を離れて、「漬物甕」から出た人だけが、本来の自分の個性や才能を発揮できるのだ。

そう考えると台湾に来た外省人というのは、まさに「漬物甕」から這い出て、多少の自分らしさを取り戻した人たちである。日本に来て、日本語学校を経営していて気が付いたのだが、台湾から来た中国人(外省人)と中国から来た中国人は、同じ中国人でも、そのメンタリティや行動原理において似て非なる、やはりまったく違う人々だった。

台湾は南方の気候の穏やかな土地柄であり、しかも半世紀の日本統治を経て、日本的精神・文化の影響を受けている。そこに米国的な価値観が輸入された。この米国的なるものをもたらしたのは皮肉にも国共内戦に負けて台湾に逃げ込んできた国民党の蒋介石だった。

こういうと語弊を生むかもしれないが、蒋介石は一つだけ台湾に良いことをした。それは「女性尊重(レディファースト)」をもたらしたことである。それまでは台湾の男女格差は歴然だった。台湾に逃げ込んできた蒋介石はじめ中国人は、高等教育を受けた思想的にアメリカナイズされた人が多く、日本統治によっても変わることのなかった台湾の男尊女卑的な部分を劇的に変えていった。

例えば、日本統治時代に創られた台北市立第一女子高級中学(北一女中)は、戦後、中華民国政府に接収されたのち、台湾の女子高等教育の拠点として整備がすすめられ、台湾大学への進学率を比較すれば男子進学校の建国中学に優るほどのエリート校となった。当時の日本の女子高等教育よりも公立女子校は水準が高く、多くの女性エリートを養成した。その筆頭が陳水扁政権時代の呂秀蓮・元副総統、陳菊・高雄市長、そして若い世代では先の総統選挙で民進党候補となった蔡英文さんだろう。また台湾の女性実業家で台湾高速鉄道の初代会長も務めた殷琪さんは浙江省籍の外省人だが台北生まれで、中国人だが「漬物甕」の外で生まれ育ち、その才能を開花させた典型例と言える。

話を本書に戻すと、中国の女性に共通して言えることは「中国の女は強い」の一言に尽きる。この強さはもちろん、厳しい自然と政治体制、体制による格差に支配された中国の「場」が鍛えあげたものだ。その鍛えられた中国の女たちが「漬物甕」からはい出して、女性尊重文化が根付いた台湾に来たときに発揮する生存競争力は目を見張るものがある。

例えば「栄民に嫁ぐ中国人花嫁」だ。「栄民」とは、蒋介石が連れてきた国民党軍の退役兵士たちで「栄誉国民」と呼ばれた。故郷に戻れず、高齢で台湾に身よりもいない彼らに対しては手厚い恩給や住居が終身与えられる。その恩給や不動産を狙って栄民の老人たちに嫁ぐ中国人花嫁が数年前から台湾の社会問題となっている。最初の栄民夫と死別すると、すぐ別の老栄民に嫁ぎ、まるで就職先をジョブホップするような感覚で栄民との結婚を繰り返すケースも多い。わずか十三年で計三人の老栄民に嫁いで不動産二軒を相続したほか、三人目の結婚相手と同居中といったケースも新聞で読んだことがある。調べてみると、二〇一三年二月時点で、中国人女性と結婚した栄民の数は一万六千人以上。中国人花嫁のうち栄民と二回以上結婚したのは千三百五十六人に上ったとか。腹立たしいというよりも、中国人女性の強さに驚嘆するしかない。

蒋介石政権以降の台湾では、学校教育は中国語(普通語)で行われた。そして中国から才能ある強い中国人女子が大勢やってきた。中国人女子と競って勝たなければ台湾人女子は高等教育を受けられない。台湾語を母語とする台湾人女子にとって、中国語を母語とする中国人知識階級の女子と競い合うことはもともと不利。しかも教師も外省人。 高校になるとクラスで台湾人の占める割合は二割に減った。クラスで幅を利かせる外省人に台湾人は反抗できない空気があった。ある日、作文の授業で「外省人と内省人の感情的対立を無くすにはどうすればいいか」という課題を出されたとき、恐れを知らない私は「入学試験がすべて中国語で行われるのはフェアではない」「台湾人は外省人に庇(ひさし)を貸して母屋をのっ取られたという思いがあるので、その点を外省人は意識すべきだ」と、思うところをそのまま書いた。この作文は回し読みされ、その日からクラス中が私を無視するといういじめにあった。そういう環境の中で、外省人相手に勝ち抜いてきた数少ない台湾人が、格別タフで優秀な人材でないわけがない。

翻(ひるがえ)って日本は、中国や台湾に比べて女性が非常に守られている。いやむしろ少々過保護と言うべきだろう。日本人フェミニストが主張する日本の社会的性差など中国や台湾と比べるとほとんど問題にならないレベルだ。日本の女性たちは、甘やかされるのに馴れて、結婚や仕事、子育てに対する覚悟が少々イージーだ。子離れが下手で、大切にされていることへの感謝の気持ちがなく不満ばかりを募らせている、という風に私には見える。

しかし、私はこれを悪いこととは思っていない。平和と繁栄を享受してきた日本にそれだけ女性を甘やかす余裕があったということであり、そのおかげで日本女性はおおむね優しく美しく正直で穏やかな性格をしている。私はそういう日本に憧れて日本で生きることを選択し、日本国籍を取得した。

結局、女性の生き方は生まれ暮らす「場の力」が決める。どこで生きるか、自分で決められる女性もいれば、否応なく一つの場に縛り付けられる女性もいる。中国では国内ですら、自由に住むところを選べない。それが中国の女の苦しみの本質である。そんな中国の女たちも、中国の内政や日本の外交の行方によっては、どっと日本にやって来ることがあるやもしれない。そうなれば、イージーな日本の女もタフな中国の女との競争の中で強く鍛えられていくのだろうか。

最後に「場の力」が女を作る目の前の例として、この本の著者の福島香織さんをあげておこう。現場主義を貫き、とにかく現地に足を運ぶ。現場が彼女の記者としての嗅覚と女性としての感性を鍛えあげた。福島さんがさらにあちこちの現場を歩き「場の力」を吸収してますます成長し、活躍してくれることを期待したい。

(金 美齢・評論家)

  

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