『なぜ人妻はそそるのか?「よろめき」の現代史』

栗下 直也2011年07月20日 印刷向け表示
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なぜ人妻はそそるのか? 「よろめき」の現代史 (メディアファクトリー新書)

なぜ人妻はそそるのか? 「よろめき」の現代史 (メディアファクトリー新書)
  • 作者: 本橋信宏
  • 出版社/メーカー: メディアファクトリー
  • 発売日: 2011/06

 「人妻」と聞くと少し変な想像をしてしまうのは私だけだろうか。人妻、人妻とつぶやいていたら、もやもやしてきたので、広辞苑を開いてみたが、我が家にある昭和43(1968)年発行の広辞苑には「ひとづま」という言葉は見あたらない。

仕方がないので、新明解国語辞典(1993年発行)をめくってみると、「すでに他人の妻になっている女性の称」とだけある。全く、もやもやしない。そこで、インターネットに接続し、「ヤフー」で検索をかけると、1ページ目はWikipedia以外、すべてエロ関連か出会い系のサイトが表示された(7月19日現在)。インターネット上では完全に「人妻=エロ」のイメージだ。この人妻という響きから受けるイメージは現在では、ほかのメディアを通してでも大きくはかわらないのではないか。映画やテレビドラマ、雑誌に登場する人妻は何ともなまめかしい。主婦役の黒木瞳はなぜかいつも妖艶だし、コンビニの一角を占める実話系雑誌の表紙には何とも肉感的な人妻らしきひとがほほえみを浮かべている。

本書の問題意識もそこにある。つまり、「他人の妻」でしかなかった人妻がどのような経緯で欲望の対象として大衆化していったかだ。もちろん、人妻自体が魅力を増していった点は大きい。経済成長に伴い、家事の市場化が可能になり、美に時間やお金をつぎ込める人妻は増えただろう。だが、誰もがそのような余裕がある生活をしているわけでなく、極端な話が、大根を買ったついでにラブホテルに突撃するような主婦もいるわけである。そして重要なのは大根片手の主婦に夫以外の相手がいることである。つまり、フツーの人妻に男が欲情し、その男が人妻に出会える仕組みが存在するわけである。著者は戦後約65年間の小説、映画やテレビ、雑誌、裏本、アダルトビデオなどのほか、これまでの数十年に渡る取材体験をいかした人妻へのインタビューなど幅広い視点からその謎をひもとこうとしている。本書では体系的には論じていないが、読み進めると、一部の男が人妻を性の対象とするのは法規制の変化やテレクラや携帯電話の普及などのコミュニケーションツールの発達、経済合理性がたまたま重なったことによるものであることが見えてくる。

本書から一例を挙げると、人妻を取り巻く環境が激変した1999年の2つの規制がある。まず、メディアの世界では児童ポルノ禁止法が施行された。これにより、女子高生を題材にすることを自粛し始めたアダルト業界は、穴埋めでギャラが割安の人妻の割合を増やしていったという。この傾向はその後、本の分野では出版不況に突入し、拍車がかかることになった。また同年、風俗業界でも変化が起きる。風営法の変化だ。店舗型の出店が禁じられたため、新規業者は出張型が中心になる。いわゆるデリヘルだ。この業態の転換で、風俗で働く女性は一目で性風俗店とわかる店舗に出入りする必要が勤め先によってはなくなった。人妻でも働きやすい環境が整い、店側もコストが安い人妻を重用したという。これら2つの規制は別個のものだが、結果的に、おそらく意図せざる形で、男の側から見れば、本やらビデオやらを通して人妻で欲望を喚起され、その欲望を人妻で消費できる仕組みが広がったといえよう。そして、そこに携帯電話の普及による誰もが簡単にアクセスできる出会い系の拡大という要素も絡み合っていくわけだ。

本書はインタビューも多く収録されている。ここだけ読んでいると、週刊実話やら大衆を読んでいるような気もしてしまうが、戦後の大まかな人妻像の変遷を追いかけてきた後で、読むことで、著者も指摘している通り、一部の人妻の性を巡る現実はメディアで描かれている人妻像を追い抜いていたことがわかる(夫側にも変化があり、人妻の市場化に伴い、妻を他人に寝取られることに快感を覚える、小説の登場人物のような人々も増えているという。ネット上ではNTRと呼ばれ、同好が集まるサイトが多数存在するという)。本書の第2章では昭和20―30年代にリアリズムを売りにした人妻物で人気作家になった武野藤介が忘れられた作家として取り上げられているが、現実がフィクションを追い抜いた今、庶民の単なる不倫は逆に誰も興味を示さないのだろう。

著者は『新・AV時代』(文藝春秋)などアダルト系やサブカル系の著書が多い。「なぜ○○は××なのか」というタイトルは新書を中心にここ数年ありふれており、本をよく読む人の中には読む前から拒絶反応を示す人も少なくなさそうだが、740円(税別)は安い。

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