『ライス回顧録 ホワイトハウス 激動の2920日』 by 出口 治明

出口 治明2013年10月20日 印刷向け表示
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ライス回顧録 ホワイトハウス 激動の2920日
作者:コンドリーザ・ライス
出版社:集英社
発売日:2013-07-26
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上下2段組みで650ページを超える分厚い本だ(訳者も4名で分担している)。しかし、どうして読まずに済ませることができようか。これは、9.11、米軍のアフガニスタン侵攻、イラク戦争、北朝鮮の核問題、リーマン・ショックと21世紀初頭の激動の日々を、ジョージ・W・ブッシュ政権の「頭脳」として大統領を支え続けたコンディ(コンドリーザ・ライスの愛称)の回顧録なのだから。

アメリカの大統領補佐官や国務長官の超人的な仕事振りに、まず度肝を抜かれる。著者は、最初の4年間は、国家安全保障担当大統領補佐官として、次の4年間は閣僚トップの国務長官としてブッシュ大統領に仕えた。このような凄まじい激務を8年も続けて、よく体が持ったものだと感嘆を禁じ得ない。本書がとりわけ興味をそそるのは、パウエル国務長官、チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官等、登場人物がよく知っている人々(もちろん、メディアを通してだが)ばかりだからだ。巷の噂を裏付けるように、知的で穏健なライス、パウエルとネオコンと揶揄されたやや荒っぽいチェイニー、ラムズフェルド間の対立が率直に描かれている。なるほど、そういうことだったのか、と合点がいく。

相手側にも役者には、事欠かない。マリキ首相やカルザイ大統領、プーチン大統領、ブレア首相、アブドラ国王やムシャラフ大統領、それにカダフィ大佐まで、お馴染のメンバーが次々と登場する。著者の人物観察眼が冴えわたる。イスラエルとパレスチナの間を取り持つ著者の奮闘振りには、読んでいるだけでも、本当に頭が下がる思いがした。一時、著者の努力はアナポリス会議に結実したかのように見えた。著者の即興でのスピーチ(p. 557)には、目頭が熱くなる(しかし、両国の関係は、その後また振り出しに戻った)。外交とは、気の遠くなるような地道な水面下での目に見えない働きかけの、それこそ積み重ねであることがよく分かる。党派を超えて、クリントン前大統領が著者にアドバイスをし続けたというエピソードにも、アメリカ政治の懐の深さを思い知らされた。

著者の本職は、国際政治学者であるが、同時に政治家でもあるので、本書に書かなかった(書けなかった)ことも多々あるだろうことは容易に想像がつく。また、著者やブッシュ大統領の考え方すべてに賛同できるわけでもない。それにも関わらず、本書を丁寧に読めば、著者が極めて優秀かつタフで、明晰で、フェアな人柄であることは、十分に伝わってくる。ワシントンでの任期中のことで後悔していることは、「移民改革に失敗したことに勝るものはない」。ここにも著者の見識がよく表れている。世界中から有為の人材を集めることでアメリカは繁栄してきたのだから。また、著者には、ヨーヨー・マとブラームスを演奏できるピアノの腕前もある。天もたまには二物を与えるのだ。なお、それほど優れた著者にしても、たくさんの失敗(率直に告白している)を重ねているという事実には、とても勇気づけられた。人間は皆、同じなのだ。

本書を読み終えて気になったのは、日本の影の薄さである。ブッシュ・小泉関係は、戦後の日米関係の中でもベストの時代だったとよく言われている。ところが、この大著の中で、日本に言及されている個所は、ほとんどない(しかも辛辣にコメントされている)。60枚を超える写真の中にも、日本人は写っていない。ブッシュ大統領が最も信頼したパートナーの中に、日本は痕跡を留めていないのだ。要するに、日本は著者と人間関係を築けなかったのである。これは、日米同盟の危機そのものではないだろうか。

ともあれ、ブッシュ政権の激動の日々、特に9.11やイラク戦争等の舞台裏が垣間見られて、本書はおよそ読んでいて退屈することがない。著者の優秀さは、文章にも現れていて、論理的で読みやすい。プーチンとの背比べ等、あまりにも人間くさくて面白く、かつ忘れ難いエピソードもふんだんにちりばめられている。本書は、国際政治や日米関係に関心を持つ人はもちろん、政治や外交を志す若い人には「可能性の技術」を学ぶためにも、ぜひとも読んでもらいたい1冊だ。コンディは、為すべきことを終え、後を歴史の判断に委ねて、スタンフォード大学に戻った。彼女のようなベストアンドブライテストに教えてもらえる学生は、何と幸せなことだろう。それにしても、わが国の政界に、彼女のような人材が現れるのは、一体、いつのことだろうか。NCS(国家安全保障会議)を作っても、彼女のような人がいないと上手くまわらないことは、明らかであると思われるのに。

出口 治明

ライフネット生命保険 代表取締役会長。詳しくはこちら

*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。

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